• 新着情報
  • 研究目的・意義
  • センター長挨拶
  • 研究体制
  • 研究活動
  • 研究成果
  • 地図・お問い合わせ
  • リンク
  • 更新情報
  • 龍谷大学
  • 2002~2009年度 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターのサイト

研究活動

UNIT4 公開講義 雨ニモマケズの心

ユニット4
開催日時 2012年1月19日(木)10:45~12:15
開催場所 龍谷大学大宮学舎 清和館3階ホール
講師 宮澤和樹 氏(株式会社林風舎代表取締役、賢治の弟である清六の孫)
聞き手:鍋島直樹(龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)
参加者 どなたでもご参加ください。
入場料無料、参加申し込み不要です。

 本講義は、研究展示「宮沢賢治の死生観―雨ニモマケズ―」の関連講義として開催いたします。会場の地図等は、研究展示のチラシ(宮沢賢治の死生観.pdf)の裏面をご覧ください。

報告を見る

報告を閉じる

 

P1040582.JPG
 
P1040600.JPG
 
P1040616.JPG
 
 P1040587.JPG
 

報告 

 宮澤賢治の実弟・清六氏の孫である宮澤和樹さんは、花巻市の花巻駅近くに、賢治の作品と文化を保護する(株)林風舎を経営し、賢治の精神や作品を後世に伝えるため、講演会や作品展示会を行うなど全国で活躍している。東日本大震災以降、鍋島センター長とともに被災地の方々と心の交流を続け、宮沢賢治直筆の「雨ニモマケズ」(複製)の額を、南三陸町の小中学校や町長、ご遺族に届けている。

 宮澤氏は、まず賢治の「雨ニモマケズ」が世に公開された経緯を話された。その話の中で、当初「雨ニモマケズ」は「11月3日」というタイトルで公開されたことを紹介して下さった。また詩の中に4ヶ所登場し、賢治が最も大切にした「行ツテ」という言葉の真意を説明された。賢治の手書きノートを見ると、詩に登場する「行ツテ」の言葉が、賢治の仏教信仰と関係しているという。

 また、賢治は感性豊かな人であり、ユーモアがあって新しい流行にも理解があった。鹿の革で作られたジャケットを着る賢治や、ベートーベンの真似をする賢治の写真を紹介し、賢治のひととなりを紹介して下さった。

 続いて、「雨ニモマケズ」の詩が、東日本大震災で被災した人々を大変励ましたことを紹介された。会場では、花巻出身の吉田道子さんが花巻弁で「雨ニモマケズ」を朗読された。

 その後、宮澤氏と鍋島センター長との対談が行われた。対談では、東日本大震災の宮城県に行って、賢治直筆の「雨ニモマケズ」の額を南三陸町長や故遠藤未希さんのご家族に届けたことについて語られた。

 新たな知見をいくつか挙げておく。

 一つに、「雨ニモマケズ」の詩は、闘病中であった自らを励まし、人々の幸いのために生きたいという賢治の志願があらわれているということである。

 二つに、災害や冷害に立ち向かう賢治のたくましさである。寒冷地である三陸地方周辺は、日清戦争直後から周期的な天災に見舞われていた。多くの人々が被災し、共に助け合わなければ生きていけないという状況の中で、他者の苦悩を身に受け止めていくという賢治の姿勢が育っていたということである。このような賢治のやさしさが、時代を超えて私達の心に届いている。

 

Unit4、特別講義「遺族への支援-弁護士の立場より」

ユニット4
開催日時 2011(平成23)年12月21日(水) 15:00~16:30
開催場所 龍谷大学大宮学舎清和館3Fホール
講師 佐藤健宗(さとう たけむね)先生
佐藤健宗法律事務所弁護士 関西大学社会安全学部客員教授
参加者 本講義は、大学院実践真宗学研究研究科生、教員、研究員のみで開催された。
主催:龍谷大学人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター
協力:龍谷大学大学院実践真宗学研究科

報告を見る

報告を閉じる

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐藤健宗先生は弁護士として、信楽高原鉄道事故、明石歩道橋事故、JR福知山線脱線事故などの遺族の支援に携わってこられた。今回の特別講義では、先生の遺族支援の経験を、先生ご自身が体験されてきたことを多く交えながらお話しいただいた。

 まず、信楽高原鉄道の事故に関わられた経緯と、遺族の方々とともに事故調査委員会の設立を求める運動を展開されたことをご紹介いただいた。当時日本には鉄道事故を調査して、事故原因を遺族に説明する、行政当局から独立した機関が存在せず、遺族の方々は事故原因について十分な説明を受けることができなかった。日本の刑事裁判制度では、遺族は軽視され、十分な説明を受けられなかったのである。佐藤先生と遺族の方々は、アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)に学びながら、日本に鉄道事故調査機関の設立を目指して活動を展開された。

 明石歩道橋事故では、警察に大きな責任があったため、警察の責任を追及するという困難があった。遺族グループが団結して法廷闘争を続けていくために、佐藤先生が回された合宿による勉強会などについて詳しくお話しいただいた。

 福知山線脱線事故については、特に、亡くなった方がどの車両に乗っていたか、ということの調査についてお話しいただいた。1両目、2両目で50名ほどの方が亡くなったため、乗車位置の特定は困難を極めた。しかし、遺族の方々の多くは、亡くなった方が事故の瞬間にどこに座っていたか、ということを知りたいと願われた。実際に乗車位置が判明した方は多くはなかったが、事故の負傷者が親身になって乗車位置の調査に協力してくださったことで、遺族の方々は孤立感から少し救われた。

 今回の特別講義では、特に遺族の方々の実像を新たに知ることができた。遺族の方の一般的なイメージは、悲嘆に暮れる人、感情的になっている人、悲しみのうちに閉じこもる人といったものだが、実際の遺族は必ずしもそうではなく、むしろそのような一般的なイメージに合わせて行動せざるを得ない状況に追いやられている、ということを知った。たとえば、笑ったりカラオケをしたりするのは遺族だけがいる場でしかできないことである。というのも、地元で笑顔を見せていると、近所の人に「薄情な人だ」、「お金をもらったから笑っている」などと思われるからである。だからこそ、佐藤先生は明石歩道橋事故の遺族と合宿をして、遺族がともに世間話をしたり笑ったりすることのできる場を作られたのである。

 また、信楽高原鉄道事故の遺族の方々は、家族の死を無駄にしないよう、事故調査委員会の設立のために精力的に活動された。このように、それぞれの「遺族」が異なるあり方をしており、異なる要望をもっているので、遺族の支援をする者はひとりひとりの遺族に時間をかけて向き合って、信頼関係を築いていくことが大切である、ということを教えられた。

(古荘)

 

第77回 仏教文化講演会 日本人の死生観と超越

ユニット4
開催日時 2011年12月5日 月曜日 10時45分~12時30分
開催場所 龍谷大学 アバンティ響都ホール
講師 カール・ベッカー氏
   (京都大学こころの未来研究センター教授)
   西洋医学の終末期治療等に対し、東洋思想の立場から「離脱体験」研究
を行い、全米宗教心理学からアシュビー賞を、1986年に国際教育研究会
 (SIETAR)から異文化理解賞を、1992年にボンベイ国際大学から名誉博士  
 号を授与された。

参加者 一般公開
入場無料
事前申込不要

レスポンス    鍋島直樹
                 龍谷大学文学部教授
               人間・科学・宗教ORCセンター長

                     玉木興慈
         龍谷大学短期大学部准教授
              人間・科学・宗教ORCユニット4副代表

報告を見る

報告を閉じる

報告

カール・ベッカー先生は、私たちを日本人たらしめている考え方、生き方、死に方に焦点をあて、また日本人が古来より持っていた経験知、他界観、世界観に耳を傾けながら、「日本人の死生観と超越」について講義をしてくださった。

 現代における病の原因は、ストレスであるという。そのような現代社会において私たちの生き方を幸福にするためには、①健康、②帰属、③貢献という三つがカギになるといわれる。①健康には、自力と協調と他力がある。自力とは、運動をし、良質な睡眠を取って、日本食に代表されるようなバランスのとれた食事をすること、また日記をつけることで気持ちを文字にして 自問自答するという時間を設けることがストレス予防になる。協調とは、茶道・武道・華道などの日本の伝統的文化などにみられる一期一会という精神に通じ、心の接し方や協調性が養われることでストレス軽減へとつながる。他力とは、坐禅やお仏壇の前に座りながら亡くなった近親者を想起するという日本古来の瞑想方法によって、自力を超えた他力の世界に身を任せていくことであり、そのことで物事を素直に受け止めていくことができるという。②帰属とは、家庭や社会、自然への帰属意識を持つということで、生活の知恵と経験を体験していく中で、現実の諸問題を乗り越えていく術を身に付けていくという。③貢献とは、目の前の作業、労働に対して、歴史を実感し、伝統を重んじながら、責任や誇りを持って取り組むことであり、その中で大きな生き甲斐を感じていくことができるという。以上のような、①健康に対する態度、②伝統に息づく帰俗意識、③日本人の基本的心に染みついている貢献という三つの幸福な生き方のカギは、日本古来の知恵に耳を傾けながら、自己中心的ではない生き方を目指すところに共通性があると述べられた。

 続いて、古来より日本人が持ち続けている二つの超越的な視野についてお話しくださった。一つには、先を見通し長期的に物事を考えるという時間に関わる超越的視野であり、二つには、個人的空間に立ち止まらずに他者へと思いを馳せていくという空間に関わる超越的視野である。これら超越的な視野は、この世とあの世という日本人が昔から持っていた世界観、他界観と通じているという。ベッカー先生は、「あの世とこの世がつながっていることがわかれば、ものの見方が違ってくる。死に対する恐怖が変わってくる」と述べ、「日本人の超越的世界観とは、死を浄土への旅立ちと理解し、先祖との〔続く絆〕を実感する中で、先祖の知恵を頂戴していく」と語られた。

 最後に、「生老病死の苦悩ということは、科学だけでは応えきれないことがたくさんある。そのような中で、日本人が古くから培ってきた経験知、他界観、世界観を参考にすることが大切なことである」と締めくくられた。

 以上の講演を受けて、当センター長である鍋島直樹先生がレスポンスを行い、二つの質問を投げかけた。一つは、死の準備教育ではなく、死を理解する教育といった場合、「理解」とはどのような意味を持っているのかということ、二つには、東日本大震災において被災された方々の中で、未だ身内が発見されていないご家族、お葬儀を出せていないご家族がおられるが、このご家族に対してベッカー先生ならどのように接していかれるのかという質問であった。

 ベッカー先生は、一つ目の質問に対して、死を隠蔽し見ぬふりをする文化から、死をオープンにして語らい理解していく文化へと変えていくことが大切であると答えられた。また二つ目の質問に対して、遺骨という物質がないから駄目だとか、葬儀を終えていないから駄目だということではなく、最終的には亡くなられた方との心のつながり、「続く絆」の世界に私たちがいまいるのだということに気づくことが大切なことであろうと述べられた。そして、「続く絆」の世界において、時間をかけて耳を傾けていくという寄り添い方が必要になってくると語られた。

 最後に本講演で得られた新たな知見を挙げておく。日本人が古くより伝え持ってきた知恵は、ストレスを抱えた現代社会に生きる私たちの生き方を幸福にするためのエッセンスが凝縮されている。にもかかわらず、私たちはそのような伝統的な知恵に耳を傾けなくなった。今回の公演を聞いて、改めて反省する機会を与えて頂いたように思う。また、伝統的な知恵に耳を傾けていくということは、日本人が持っている世界観、他界観と密接に関連している。あの世とこの世という日本人独自の世界観の中で、先祖との心のつながり、「続く絆」を実感していくことは大切なことである。その「続く絆」の中で伝統的な知恵を頂いていくということ、そのことの大切さを改めて学ばせて頂いたように思う。

(RA 北岑)

UNIT4 研究対談会 仏教と心理療法の実践的接点

遍路セラピーと真宗法座

ユニット4
開催日時 2011年11月30日(水)16:45~18:15
開催場所 龍谷大学大宮学舎清和館3階ホール
講師 【ゲストスピーカー】
         大阪経済大学教授 大学院人間科学研究科長
        黒木 賢一 氏
※黒木氏は臨床心理士でもあり、特にご自身も行じられた経験を元に、「遍路 セラピー(四国遍路と心理療法の接点)」に取り組んでおられます。

【コーディネーター・聞き手】
         龍谷大学文学部教授 
        吾勝 常行 氏  
参加者 CHSR共同研究者ならびに吾勝ゼミ「社会実践演習Ⅲ」の受講生と実践真宗学研究科の大学院生を対象に開催いたします。

報告を見る

報告を閉じる

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本研究対談会では、はじめに黒木賢一先生に四国遍路と心理療法との接点についてご講演いただき、次に黒木先生と吾勝常行先生との対談が行われ、最後に質疑応答が行われた。

 黒木先生のご講演では、ユングやケン・ウィルバー、あるいは多くの宗教学者を参照しながら、①四国の歩き遍路の体験が徳島から高知、愛媛、香川と円環構造をなしており、西欧における巡礼の直線的なあり方と性質を異にしていること、②自己変容を促す要因として非日常性・苦行性・神聖性の3つが取りあげられ、これらの要因が歩き遍路の体験の中で身体化され、精神・魂・自己を深化させること、などが考察された。

 ご講演の後、黒木先生と吾勝先生が、それぞれ心理療法と真宗法座という立場から対談された。①心理療法においても真宗法座においても、体験を通して身体化された語りによって、自己が変容し、他者や法と深いところでつながるということ、②治療者とクライアント、あるいは僧侶と門徒というタテの関係だけでなく、同じ心理的問題の体験者同士、門徒同士のヨコのつながりが、核家族化した現在には必要である、といった点で意見の一致が見られた。

 立場を異にする両先生の対談でこそ生み出された知見がいくつもあった。特に、門徒さん同士のヨコのつながりを形成するにあたって、非日常性や身体性が重要であるという指摘が重要であった。心理療法の現場では、カウンセリング・ルームという非日常の空間において、クライアントに普段話さないことを話していただくことによって、クライアントに何とか生き延びていく道を見つけてもらおうとする。また、遍路セラピーでは歩くこと、身体の運動や体験を通して自己の変容が起こりうる。このことを真宗法座に置き換えて考えれば、次のようになる。現在、門徒さん同士の会話が日常会話に終始しているが、法座という場に非日常性を設定することや、法座に身体性を取り込むことによって、自己の変容や他者との深いつながりが法座において実現するのかもしれない。このような法座のあり方は、行き過ぎてしまうと一種のカルト宗教のようになる危険性もあるとはいえ、新たな真宗のあり方を示唆しているものでもあるだろう。心理療法と真宗法座という二つの立場からの対話によって、実り豊かな成果が得られた研究対談会であった。 

(古荘)

 

 

 

UNIT3 公開シンポジウム 浄土教における死生観と超越

ユニット3
開催日時 2011年11月29日(火)13:15~16:30
開催場所 龍谷大学大宮学舎本館2階講堂
講師 【パネリスト】
Richard K.Payne(IBS所長)
福原隆善(元佛教大学学長)
林智康(龍谷大学文学部教授)
【通訳】
那須英勝(龍谷大学文学部教授)
【司会】
井上善幸(龍谷大学法学部准教授)
参加者 一般聴講歓迎
事前申込み不要

報告を見る

報告を閉じる

 

P1040492.JPG
 
P1040508.JPG
 
P1040518.JPG
 

報告

 龍谷大学大宮学舎本館2階講堂において、ユニット3主催の公開シンポジウム「浄土教における死生観と超越」が開催された。パネリストであるアメリカ・カリフォルニア州バークレーの仏教大学院(IBS)所長・ユニット3共同研究者のリチャード・ペイン先生(IBS所長)、元佛教大学学長の福原隆善先生、本研究所ユニット3リーダーの林智康先生が、統一テーマに基づき、それぞれの立場より報告を行った。

リチャード・ペイン先生

 「佛道の位置を定めること―親鸞の信心・菩提心・金剛心の一体的理解について―」と題し、大乗仏教における死生観について報告を頂いた。まず、欧米において親鸞思想が理解される場合、「faith」=「信心」と解釈されてしまうように、既存の欧米宗教思想と重ねて理解されてしまう現実があると指摘された。その問題の解決には、親鸞が信心と菩提心と金剛心を一体的に解釈していることに注意しなければならないと提言され、かつそのような解釈は、大乗仏教の伝統にみられる仏道観との関係についても一つの視座を与えてくれると述べられた。また、仏道を表す漸教と頓教、さとりの位置を表す内部と外部という四重の配列法によって考えた場合、親鸞思想は、信心が頓教、さとりの位置が外部と解釈できる。しかし、近代教学者は、外部としての浄土を遠ざけ、非二元的な解釈を行うことで、西方浄土という概念が持つ創造的理解の可能性を消失してしまったという。信心と菩提心と金剛心の一体的理解、四重の配列法によって親鸞思想を再考察することで、非心理的/非象徴的な浄土としての親鸞思想の立場を受け入れていくことができるのではないかと述べられ、そのことが欧米における親鸞思想理解の問題に一つの解決策を提示するのではないかと結ばれた。

 

福原隆善先生

「法然上人の死生観と超越」

 福原先生は、法然の言葉を「生死について」「生死出離について」「臨終と平生」「念仏生活」「臨終(死)について」「法然自身の死」「往生後について」「還浄について」と分類し、死生観にまつわる多くの文言を紹介しながら、法然には二つの死生観が見出されると指摘された。一つは、生と死を一体として捉え、いまが平生であり臨終であるという無常生死の理解であり、もう一つは、無始より煩悩罪濁にまみれて輪廻を繰り返してきた生死をいま生きているという理解である。この二つの死生観によって示された法然の生死解脱の方法こそが、阿弥陀仏の選択本願念仏であったという。現生の死は、念仏によって極楽への生として捉えられ、極楽に生まれれば、成仏への道は自然であり、さらに菩薩道実践の積極的な活動として転化される。そして、娑婆世界に還るのは衆生済度のためであり、再び生死流転を繰り返すことはない。ここに、現生においては共に往生を目指し、往生後は積極的に衆生救済の活動をするという法然浄土教の菩薩道があると結ばれた。

 

林智康先生

「親鸞の死生観と超越」

 林先生は、仏教における生と死の理解を紹介されながら、親鸞思想における死生観について語られた。まず、親鸞思想は、六波羅蜜行などの諸行にはよらず、弥陀の本願を信じ念仏を称えることによって、浄土に往生して涅槃を証する教えであることを押さえ、真実信心を獲得する念仏者は、現生において正定聚に住し、信心定まるとき往生が定まるのであるから、臨終来迎を否定する教えであることを指摘された。その上で、親鸞思想における菩提心、浄土の捉え方を紹介された。菩提心は、曇鸞思想を受けて願作仏心(自利)・度衆生心(利他)であることを明かし、横超の菩提心と解釈されている。また浄土については、物質的・感覚的表現である「極楽」の語よりも、精神的・本質的表現である「真土」「無量光明土」「諸智土」「涅槃」「滅度」「安楽国」「安養国」などの語を用いている傾向が強い。親鸞思想は、大乗仏教の思想を十分に踏まえ、かつ感情的表現も加えながら、往生浄土という生死解脱の道を明らかにしていると述べられた。

 

 以上、三名の報告を踏まえ、来場者も含めた質疑応答が行われた。法然思想では生死即涅槃をどのように捉えているのか、法然思想における「還浄」とはいかなる意味か、親鸞思想における信心獲得とは何をもって信心獲得というのか、生死即涅槃といった場合の生死とはどのように理解すればいいのか、など多くの質疑応答がなされ活発な議論が行われた。

 浄土教の死生観を考える場合、迷いの生死界と浄土との関係をいかに理解するのかということが一つのカギとなる。その点について今回のシンポジウムで得られた新たな知見を記しておく。一つに、浄土教の死生観を考える場合には、「自己の外部に定置されたさとりの場としての浄土」という浄土教の基本的立場を押さえることが一つの視座になるということである。二つに、法然思想における死生観を考える場合には、民衆のなかにおいて一から本願念仏を広めなければならなかった法然の立場を押さえなければならない。そのため法然思想では、生死をいかに離れるかという点に力点が置かれ、その上で死生観が語られているということである。三つに、親鸞思想における死生観を考える場合には、自らの深い信仰を語っているという立場を押さえなければならない。そのため親鸞思想では、生死即涅槃というように如来との関係性が積極的に問題とされ、その上で死生観が語られているということである。

(RA北岑)

 

UNIT4 公開講演 いのちを考える

~救急、がん医療そして緩和ケアの現場を通じて~

ユニット4
開催日時 2011年11月24日 木曜日 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学 大宮学舎清風館B103
講師 馬場祐康 氏
あそか第二診療所ビハーラクリニック院長
参加者 一般公開
参加無料
事前申込不要

報告を見る

報告を閉じる

 

 

 

 

 

 

 

 

ご講師の馬場氏は、ご自身の自己紹介に続き、パワーポイントを用いて、写真やグラフなどを提示しながら、会場との対話も交え以下のようにお話しいただいた。


 岩手県出身の馬場氏は、救急医療、僻地医療、がん医療への従事を通じて、「生きる」ということについて深く考えるようになり、現在は緩和ケアに従事されている。馬場氏は5年前に岩手県の病院で勤務されていて、2011年8月に岩手を訪問された。以前の職場や住んでいたアパートは、建物や鉄骨のみ残っていた。しかし、周りの物は何もなくなっていた。馬場氏は、今ここで話をしていること自体不思議だと感じている、と話された。

                      

 

1、救急医療のこと~交通事故、自殺、ゲートキーパー~

 2008年のデータは、救急車の出動件数が500万件を超え、1998年より約4割増加している。その結果、119番通報して到着するまでに約2分長くかかるようになった(約8分)。実は救急車を利用した人の半分は軽症である。

 また、交通事故による死亡者は、1970年には16000人だったが、交通違反の厳罰化が進み、2010年には4800人(約3分の1)となった。心肺蘇生は、1分遅れるごとに助かる割合が約10%低下する。脳に3分間血液がいかなければ重い後遺症が残るので、倒れている人を見たら119番通報し、息をしていなければ心臓マッサージをしてほしい。また事故の場合、たとえば友人として、そして僧侶として遺されたご家族にどんなことができるのか、皆さんも考えてほしい。

 次に自殺という問題である。特に問題なのは、20歳から39歳の死因の第1位であること。もし悩みがあるなら、友達に相談してほしい、というのが今日伝えたいメッセージである。一つのヒントが、「ゲートキーパー」である。2010年に厚生労働省が立てた、「いのちを守る自殺対策緊急プラン」にゲートキーパーの役割が示され、「気づくこと」と「話を聞く(傾聴)」(家族や仲間の変化に気づき、声をかけること)である。緩和ケアにも通じるが、自分の価値観を押しつけず、まず聞くことである。自分の対応だけで難しい場合には、専門家を勧めてほしい。

 

2、がんのこと~抗癌剤~

 2010年に亡くなった100万人ほどの死因の1位はがんである。抗がん剤の薬は年々開発され、最近では30か月(2年半)くらい頑張れる方が出てきている。月々医療費は30万円~50万円近くになるが、ほとんど保険が効く薬のため(高額療養費制度)、京都の場合、負担の上限は一般世帯で月8万円くらいである。それが3か月続くとその半分(44,400円)になり、自己負担が減る。しかし、その分他の皆さんが負担をすることになる。長生きをすると病気になる人が増え、その方々を支えるためにはお金がかかるということである。

 

3、緩和ケアのこと~ビハーラ~

 現在緩和ケア病棟が、抗がん剤や手術以外に、穏やかに過ごすための病棟として、全国の大きな病院に213の施設がある(ベッド数4200床)。しかし、がん患者が30万人いる中、1割ほどしか入れない。京都には、あそかクリニックも合わせて計120床あり、これは人口10万人に対したった4.7床だが、全国的には中ほどである。

 昨年発表されたアメリカの医学論文によると、がん患者の従来の治療に加えて、2週間に1度~月1回緩和ケア外来を行い、体や心のつらさについて相談を受けると、約2.7か月寿命が延びた。この差は抗がん剤として認められるレベルの効果であり、去年世界中で緩和ケアに対する関心が高まった。

 日本では、田宮仁先生がホスピスの代わりに「ビハーラ」という呼称を提唱されたが、この言葉の由来は、僧院・安らぎ・休息の場所である。あそか第二診療所では、「願われたいのちを共に生きるひとときに、仏の慈悲に照らされている『ぬくもり』と『おかげさま』の心で、安らぎの医療を実践します」を基本理念としている。4月に赴任してからは、患者の受け入れを増加させること、そして、緩和ケアの教育施設として、多くの医学生・看護学生などを受け入れることに積極的に取り組んでいる。また、当院では、僧侶が朝夕の勤行とお部屋回り(傾聴)、グリーフケア(遺族ケア)の「お別れ会」「遺族会」「ぬくもりの会」を行っている。

                      

 

 最後に、馬場氏はスヌーピーの絵を見せてくださった。スヌーピーは飼われている犬だが人に媚びず、何とかなるかな、明日どうしようかなと、飼い主といつも同じ方向を向き距離を保っている。緩和ケアも同様で、寄り添うというのは、可哀そうだと同情や憐れみを持つことではなく、その人らしくどう生きるかを肯定し続けるということだと思う、と緩和ケアの姿勢を我々に教えて下さった。

 馬場氏の言葉で最も心に残ったのが、医療の場では特に終末期患者への対応に限界があり、そこには宗教の力が必要であるという、宗教者への大きな期待であった。心穏やかに最後を迎えるためには、患者を決して一人にせず、家族・医療従事者・ソーシャルワーカーと、そして宗教者等、様々な専門分野を持つものがチームとなり、かけがえのない最後の時間を共に過ごすことが大切なのであろう。そのためには、宗教者が医療や緩和ケアについて一層理解する必要がある。今回の講座を通し、特に仏教・真宗の実践に取り組もうとしている聴講者にとって、医療現場やホスピス、ビハーラ、緩和ケアの実際を知り、今後自らの実践に活かすことのできる貴重な機会となった。

(釋氏)

UNIT4 公開講義 南三陸町の真実

ユニット4
開催日時 2011年11月21日 月曜日 11:00~12:00
開催場所 龍谷大学深草学舎至心館パドマ展示室シアタールーム
講師 及川幸子 氏
(南三陸町歌津総合支所町民福祉課係長)
聞き手 鍋島直樹
   (龍谷大学人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)
参加者 一般聴講歓迎
事前申込不要

報告を見る

報告を閉じる

 

 

 

 

人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターでは、東日本大震災の被災地の方々と継続的に交流し、心のケアを通して学んだことを、研究展示「宮沢 賢治の死生観-雨ニモマケズ-」にて紹介しております(http://buddhism-orc.ryukoku.ac.jp/activity /display/)。この展示の関連事業として、被災地でのボランティア活動や、被災者の方々との交流を続けるために協力をいただいた南三陸町歌津総合 支所町民福祉課係長の及川幸子さんをお迎えし、被災地の現状や、復興に向けての歩み、人々の支えあいなど、南三陸町の今を教えていただきました。

最初に5分ほど、南三陸町で撮影された津波が迫ってくる様子の映像が流されました。

次に、南三陸町の人口や歌津地区・志津川地区の説明、南三陸町の周囲の環境などを、写真を使ってわかりやすく説明していただきました。次に、及川さ んが歌津支所で被災されてから障碍者の方や学童の子どもたちと一緒に避難所に避難するときの様子をお話しいただきました。最初、町立伊里前(いさとまえ) 小学校に避難したが、この小学校にも津波が来るかもしれないということで、さらに高台の歌津中学校に避難した、という当時の緊迫した状況をお話しいただき ました。この話の中で、津波が来るまでの三、四十分の間の判断が重要であること、そして、想定外の地震が起こったときは、日常業務やマニュアル等に縛られ るのではなく、まず自分たちが逃げて助かることが大切である、と教えていただきました。

次に歌津中学校での避難生活についてお話しいただきました。食料やガソリンなどの確保に苦労された話や、津波の被害を直接受けなかった地区からの支 援、自衛隊や米軍、他県の救急隊の方々の支援、そして歌津地区のコミュニティの中での助け合い、というさまざまなつながりの中で避難生活を送られたお話を 伺いました。

さらに、遠藤未希さんについてお話しいただきました。及川さんは遠藤さんと一緒に仕事をされて、また日本舞踊を一緒に勉強されていました。10月に遠藤さんのご自宅に伺ったときのこともお話いただきました。

今回のご講演で学んだこと、それは及川さんの存在そのものであったと思います。被災者に足を運んでいない者が抱きやすい被災者のイメージは、家族を 失い、住居や仕事を失って、途方に暮れているというものではないでしょうか。もちろん、いまだ悲嘆に暮れる日々であるかとは思いますが、一つ一つの出会い を大切にされながら、復興に向けて、さまざまな取り組みをされている、そのような及川さんの姿そのものが私たちに希望をもたらすものだと思います。私たち も今回の及川さんとの出会いを大切にして、自分たちにできることに取り組んでいきたいと思います。(古荘)

UNIT4 公開講演 ヒロシマの真実

-爆心地に生まれてー

ユニット4
開催日時 2011年11月17日 木曜日 10時45分~12時15分
開催場所 龍谷大学 大宮学舎清和館3階ホール
講師 田邊雅章氏
㈱ナック映像センター代表取締役 
プロデューサー 
平和公園復元映画製作委員会代表
(協)CGファクトリー広島理事長
参加者 一般公開
入場無料
事前申し込み不要

報告を見る

報告を閉じる

 当日は一般来場者と大学院生、合計30名程集まった。
 田邊雅章先生はドキュメンタリー番組制作に携わり、プロデューサーとして活躍されている。
 一方で、これまで、自身が被爆したことは口外することはなかった。しかし、産業奨励館(「原爆ドーム」)の隣の生家で育ったことは、ある意味「もっとも近い被爆の証言者」でもあった。そこで先生は、被爆者の証言を織り交ぜたドキュメンタリー番組の制作に取り組むことを決意。2006年には「爆心地?ヒロシマの記録?」を完成させた。
 講演の中で先生は、安芸の風土について触れられた。多くの人が「南無阿弥陀仏」と念仏しながら川に身を投じていった姿を思いおこすとき、仏教とはどのような宗教か考えされられたという。また、仏教思想には多分の可能性が秘められていることに言及された。
 講演後はフロアから質問・感想が寄せられた。なかでも次世代に原爆の悲劇をどう伝えていくかということについては、先生の取り組みに賛同する意見が多く聞かれた。(RA本多)

Unit4研究会 「ニュージーランド・クライストチャーチ地震における「こころのケア」の実際」

ユニット4
開催日時 2011年11月15日(火)17:00~18:30
開催場所 龍谷大学 深草学舎 至心館パドマ大会議室
講師 河野智子 氏
(京都第一赤十字病院看護師長)
参加者 本研究会は、研究員、学内者、院生のみで開催された。

報告を見る

報告を閉じる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2011年2月24日にニュージーランドのクライストチャーチ近郊を震源とするM6.1の地震が発生し、181人の方が亡くなった。日本赤十字社で は、行方不明者のご家族などを対象に、日本語でのサポートを行うため、医師、看護師、事務職員を派遣された。河野先生は、2月27日から3週間活動され た。本講演では、地震直後のニュージーランドでの状況や、日本赤十字社の心のケアの活動についてお話しいただいた。

 在留邦人の方々やニュージーランド赤十字社のボランティアと協力しながら、活動内容を模索しつづける日々であった。行方不明者の捜索が進まないなか で、強いストレスを感じていらっしゃるご家族のための活動(赤十字カフェ、日赤ホットラインなど)を展開された。ご家族が少しでも心の緊張を解いていただ けるよう、さまざまな工夫をされていたことをご報告いただいた。

 また、身元確認後のご家族に対する支援も行われた。ご遺体との対面や葬儀への付き添いなども行い、グリーフケアを重視されていた。このような場面でかける言葉がないとしても、そばにいるというだけで支援になるということがわかった。

 本日のご講演から改めて学んだことは、継続的な支援と、語りかける言葉の大切さである。ニュージーランドを何度も訪れたご家族にとって、「日本赤十 字社心のケアチーム」の同じ人がいて、しかも日本語でのサポートが得られることが何よりの心の支えになった。ご家族は自分の悲しみを語るときに日本語で語 りたいのである。今回の地震で被害に遭われた方は、語学留学のために富山からニュージーランドに来られた方が多かったが、そのご家族に対し、富山のことば で語りかけるスタッフがいらっしゃった。日本語の中でも、日常的に話している富山の言葉で辛さを語り合うことで、心が慰められるとともに援助スタッフとの 信頼関係も強固なものとなった。このように、グリーフケアには、継続的なケアと、ご家族に親しみのある言葉で語りかけることの重要性を改めて教えられた。 「ケアをしにきました」と言ってご家族に近づいても、ご家族に受け入れられるのは難しい。看護婦である河野さんは聴診器をもって血圧を測りながらご家族に 触れ、会話をするところからケアが始まると述べられた。僧侶にとって、ケアの取っかかりが何であるのか、よく考える必要があるだろう。

(古荘)

UNIT4 公開講座 いのちに携わる看護師のお話し

ユニット4
開催日時 2011年11月7日 月曜日 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学 大宮学舎東黌205
講師 中島 静枝
あそか第2診療所 ビハーラクリニック 看護部長 
緩和ケア認定看護師
参加者 参加無料
事前申込不要

テーマ

ちょっと覗いてみませんか?~自分のいのちを考える授業~

いのちに携わる看護師のお話し

報告を見る

報告を閉じる

 

P1040301.JPG
 
P1040306.JPG
 
P1040309.JPG
 

講師の中島静枝氏は、緩和ケア認定看護師であり、現在あそか第2診療所・ビハーラクリニックの看護部長を務めておられる。

初めに中島先生は、

 “一般病院・我が家での経験のもと、緩和ケア病棟での看取りを行ってきました。様々な患者さんやご家族との出逢いの中から、いのちとは何か、その人らしく過ごしていくことを支えるとは何かなどを今までの経験の中から学んできました。今回、私が患者さんに寄り添うことで学んできたことや、Indiaのお話も含めて皆さんと一緒に少しの時間ですが過ごしたいと思います”

と語られ、お話を始められた。まず中島先生は聴衆に、

  あなたの中にある いのちの音は どのような音ですか?

と質問され、個々人のいのちの鼓動に耳を傾けることの重要性を話された。その後、「ホスピス・緩和ケア」の基本方針を説明され、続けて「あそかビハーラクリニック」の基本理念を説明された。

【基本理念】

ぬくもりとおかげさ

  あそかビハーラクリニックは、

願われたいのちを共に生きるひとときに

仏の慈悲に照らされている

「ぬくもり」と「おかげさま」の心で

安らぎの医療を実践します

 

この基本理念の目指すところは、患者さん、ご家族、スタッフを平等に慈悲の心で包み込んでくださっている仏様の「ぬくもり」を頂くことであり、それは「ありがとう」と「おかげさま」という感謝の心が循環することであるという。このような基本理念を実現していくためには、「Hospitality」のハード面とソフト面が大切である。ハード面には、「人的環境」(看護師、医師、栄養士、僧侶など)と「建物場所」(明るさや広さ等を考慮した設計、家族部屋、キッチンなど)が挙げられ、ソフト面には、「日常生活の工夫」(スタッフの人的な温かさ。例えばティータイム、誕生日会、歌のプレゼントなど)が挙げられる。これら2つの側面が充実されることによって、「Hospitality」を通した基本理念が満足されていくとお話し下さった。

 最後に中島先生は、最後に次のようにお話しされ、まとめられた。

 

看取りとは、今を一緒に生きているということ。

  あそか2診療所では、命に関わる最後の時期を共に過ごしています。

  多職種の専門性を、お互いが生かし患者を理解する努力……

  そして、患者の心に寄り添い、見守り、共に生きる。

  言葉にしたり、文字にすることは容易なことです。これを実践することは、

  ひとりではできません。だから、チームでおこなう緩和医療が大切なんです。

  死とは、その方との別れですが、死に逝く人・残される人の意味を考える機会であり、いのちから、ありがたき教えを頂くことです。

  失うものと、得るもの、いのちが循環しているということです。

  新たな出会いに感謝し忘れない、いつまでもあそか第2診療所は見守っています。

  私たちは、与えるのではなく、与えられているのです。

  最期に出遇う者として、その人にとって、ふさわしくありたいと心掛けています。

 

今回、新たに得た知見は主に以下の二点である。

一つ目は、「Hospitality」には、ハード面である人的環境と建物場所と、ソフト面である日常生活の工夫という二つ側面があるということである。これらの充実は、人として、人間としていかに最期を迎えていくのかということにも通じているものであると考える。

二つ目は、患者、家族、スタッフの間に「ありがとう」と「おかげさま」という感謝の心が循環する環境づくりを目指すというあそかビハーラクリニックの基本理念である。「感謝の心」が安らぎある最期をもたらすということが新たに学ばされたことであった。(胡)

 

研究活動トップへ