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研究活動

パドマ展示案内と特別講義「金子みすゞ いのちへのまなざし」

ユニット4
開催日時 2013年1月27日(日) 13:30~15:00
開催場所 龍谷大学深草学舎至心館2階 パドマ展示室およびパドマ大会議室
講師 鍋島直樹(龍谷大学文学部教授、人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)
参加者 48名(神戸市の小学校教員など)

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 神戸市総合教育センター 授業づくり支援室の要請を受け、神戸市の小学校教員の方々を対象に2012年度後期研究展示「金子みすゞ いのちへのまなざし ―星とたんぽぽ―」の展示案内と関連講義を開催した。小学校教育の現場で金子みすゞの詩を教える先生方に、金子みすゞの詩がもつ魅力と深い洞察について、展示と講義を通して伝えることができた。本講義で学ばれた先生方が子どもたちにみすゞの詩の真の魅力を教えることによって、いのちに対するやさしいまなざしや、いのちがつながっていることへの気づきなどを子どもたちに伝えていただけるものと思われる。本講義は、われわれの「死生観と超越」研究の成果を社会へと還元する格好の機会となった。(RA 古莊)

特別講義「金子みすゞ いのちへのまなざし」を開催

ユニット4
開催日時 2013年1月7日(月) 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学 大宮学舎清和館3階ホール
講師 鍋島直樹 氏
(龍谷大学文学部教授、人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長) 
参加者 150名

*入場無料・事前申込不要

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 本講義において鍋島氏はまず、金子みすゞゆかりの地、仙崎の写真などを紹介しながら、みすゞの生涯を尋ねた。次に、「大漁」「おさかな」「土」「星とたんぽぽ」「こだまでしょうか」などのみすゞの童謡を会場の方々とともに声に出して朗読し、各童謡の深い意味を明らかにした。特に、「鯨法会」「お仏壇」「さびしいとき」などの童謡を取り上げて、みすゞの童謡の背景にある仏教的・浄土教的環境について紹介した。さらに、東日本大震災における講師自身の支援活動のなかで、みすゞの詩が東北の人々に力を与えていたことを紹介し、みすゞの詩のもつ「ことばの力」を詳らかにした。

 新しく得た知見は、今でも仙崎の地で鯨の過去帳が書き足され続けているという事実である。江戸時代から明治初期まで日本有数の捕鯨基地であった仙崎では、鯨の過去帳が作成され、鯨を弔う法要(鯨法会・鯨回向)が営まれていた。しかし、捕鯨が衰退した現在でも、鯨や海の生物に対する法要が続けられている。矢崎節夫氏によれば、現在でも仙崎の人々は、岸に打ちあげられたり魚の網にかかったりする鯨に戒名をつけ、供養し、過去帳に書き加えているという(『みすずさんのうれしいまなざし』JULA出版局、2008年、158-159頁)。このように、みすゞの童謡を生んだ仙崎の仏教的な環境が現在でもこの地に生き続けていることに深い感銘を受けた。(RA 古莊)

特別講義「みんなちがって、みんないい。」を開催

―金子みすゞさんのうれしいまなざし―

ユニット4
開催日時 2012年12月10日(月) 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学深草学舎 顕真館
講師 矢崎節夫 氏(金子みすゞ記念館 館長、童話詩人・童話作家)
参加者 715名

主催:龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター

後援:龍谷大学宗教部

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 矢崎節夫先生のご講演では、「ことばの再生」をテーマに、自分中心のまなざしの転換を促す金子みすゞの詩の奥深さをわかりやすくご紹介いただいた。「積った雪」「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」「柘榴の葉と蟻」「さびしいとき」「土曜日曜」「桃の花びら」「土」「浜辺の石」「去年」「犬」「しけだま」などのみすゞの詩をもとに、こだますることが人間にとって最も本質的であること、〈辛さと幸せ〉や〈あなたと私〉など、すべてのものが「二つで一つ」「二人で一つ」であること、そして、あなたがいてはじめて私があるという「あなたと私」のまなざしなどについてお話しいただいた。

 教えられるところの多い先生のご講演の中でも、とりわけ新しい知見として得たことは、先生のみすゞ解釈が、さまざまな支援の実践と「菩薩行」とが結びついていることであった。

 自己中心の「私とあなた」のまなざしから、「あなたがいてはじめて私がいる」という「あなたと私」のまなざしへの転換は、「あなたがいてくれて、はじめて私がいる」という、かけがえのない他者への感謝の心を生み出す。声に出してみすゞの詩を読み、まわりの他者に感謝を伝え、さまざまな実践を行うなかで、まなざしが転換していき、他者とともに真の倖せを生きることができる。他者とこだまし合うことができる。矢崎先生のみすゞ解釈は、他者と共に生きるという実践に深く結びついている。

 実際に、矢崎先生をはじめ、みすゞの詩を愛する人々は、ネパールの人々や東日本大震災の「代受苦者」の方々へ想いを寄せて、継続的な支援活動を行っている。「代受苦者」とは、矢崎先生が永観堂の中西玄禮先生から教わった言葉で、〈私が受けたかもしれない苦しみを代わりに受けて下さった人〉のことである。自分のこととして東北の人々に思いを寄せ続けることこそが、支援活動を継続的に行う上で最も大切なことである。そして、思いを寄せ続けることを可能にしているのが、みすゞの詩と矢崎先生のみすゞ解釈なのである。

 矢崎先生はさまざまな活動を「菩薩行」ということばでも表現されていた。実践と深く結びついている矢崎先生のみすゞ解釈は、仏教思想に基づいて社会貢献や被災地支援活動を実践する際に、大きなヒントとなるのではないだろうか。(RA 古莊)

講演会「精神科医が語るブータンの<幸福>」を開催

各ユニット共通
開催日時 2012年11月11日(日)19:00~21:00(開場18:30)
開催場所 龍谷大学 アバンティ響都ホール
講師 Dr.Chencho Dorji(Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital, Bhutan)
参加者 ※入場無料、一般聴講歓迎、同時通訳有

講師紹介
Dr.Chencho Dorji,1958年、ブータンのパロ生まれ。ブータン唯一の精神科医。ヒマラヤの自然の中、自給自足の生活で育ち、インド、スリランカ、アメリカ、オーストラリアで医学を修める。帰国後、西欧精神医学の普及のみならず、伝統精神医学を取り入れた地域主体のメンタルヘルスシステムを構築。GNH(国民総幸福)を指標するブータンで、心を守る仕事に尽力している。

 

共 催:龍谷学会
    人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター
    アジア仏教文化研究センター
 

UNIT4 特別対談「行方不明の夫に宛てたラブレター」

ユニット4
開催日時 2012年10月1日(月) 午前10時45分~12時15分
開催場所 龍谷大学 大宮学舎東黌205教室
講師 菅原文子(気仙沼市ご遺族)

参加者 60名

 2011年3月11日午後2時46分、観測史上初のマグニチュード9の東日本大震災が発生しました。警察庁によれば、2012年3月11日の時点において、死亡者15,854人、行方不明者3,155人です。東日本大震災から一年以上を経て、あらためて言葉にできないほどの無念さや悲しみがあふれてくる。行方がわからない状態の方やお亡くなりになった方、一人ひとりにかけがえのない人生があったことが偲ばれます。この特別対談では、その悲しみと悔しさを忘れず、悲しみから生まれる大切なことを私たちがそれぞれ受け継いでいくことができればと思います。
 この特別対談では、気仙沼市に住むご遺族、菅原文子さんをお招きし、真実の体験を聞き学びます。東日本大地震の約40分後、20メートル近い高さの津波が何度も気仙沼市を襲ってきました。その津波で、自宅の酒屋を片づけていた菅原文子さんの夫が流され、行方不明となってしまいました。ご自宅も全壊しました。しかし、文子さんはその無念さの中で、夫が築いた「すがとよ酒店」を、息子さんたちと力を合わせて、2011年4月23日に再開しました。そして、あの大地震から五か月後、2011年夏の終わり、文子さんは一通の手紙を夫にあてて書きました。そのラブレターが、京都市の和洋紙販売会社「柿本商事」が企画した手紙コンクールで、「恋文大賞」を授賞しました。約9000通の応募の中から選ばれたラブレターでした。私はこのラブレターを、KBSラジオ番組「京のあったか円かじり」のキャスター本多隆朗さん、伴真理子さんを通して知り、とても感動しました。それから、龍谷大学文学部教義学特殊講義「死生観と超越」において、彼女のラブレターを学生たちに紹介したところ、学生たちも感動し、彼らのメッセージを気仙沼市の菅原文子さんに届けました。そのような交流が花開いて、この特別講演が実現しました。菅原文子さんには、心から感謝を申し上げます。この菅原文子さんの真実のお話を静かに聞き、私たちが、死別の悲しみから生まれる真の愛情について学び、被災地を少しでも応援することができればと思います。(龍谷大学文学部教授、CHSRセンター長 鍋島直樹)

 

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 本対談では、宮城県気仙沼市にお住まいの菅原文子さんをお招きして、東日本大震災以降に体験されたことをお話しいただいた。

 菅原さんの夫は、菅沼さんの目の前で津波に呑まれ、行方不明となった。菅原さんは、夫への想いや被災の現実を詩や歌として折に触れて書きとめられ、2011年の夏の終わりに夫に宛てて書かれた菅原さんの手紙が、京都市の和洋紙販売会社「柿本商事」主催の手紙コンクールで「恋文大賞」を授賞した。このご縁で、夫とともに築いた「すがとよ酒店」を再開し、経営を続ける苦労の日々や、夫の遺体が発見されてからの心の変容などを記した菅原さんの詩や歌が一冊の本としてまとめられることとなった。本対談では、この本や手紙に書きとめられた想いを菅原さんにお尋ねしながら、対談が進められた。

 新しく得た知見としては、被災体験を書き残し、本として保存されることの大切さである。死者数や被害総額など、数値化することのできる震災の記録は後世まで容易に伝わるが、被災や復興の日々を過ごす一人ひとりの被災者の想いは、菅原さんの本のように、まとまった形で保存されなければすぐに失われてしまう。しかし、被災していない者にとって、また、将来別の災害などで被災することになったときに、菅原さんの本のような記録こそが明日を生きるための大きな指針となるのではないだろうか。一人ひとりの被災者の想いを後世に伝えていくことの大切さに気づかせていただいた。(RA 古莊)

 

UNIT3講演会「妙好人の死生観と願いーその言行から苦悩を超える道を学ぶ」の開催

ユニット3
開催日時 7月3日(火)10:45~12:15
開催場所 深草学舎 顕真館
講師 菊藤明道
京都短期大学(現 成美大学短期大学部)名誉教授、文学博士
参加者 一般聴講歓迎・事前申込不要

本講演会は、研究展示「妙好人における死生観と超越」の関連講義として開催いたします。
 

UNIT4 特別講義 「日系仏教徒の死生観と超越:戦前戦後の北米開教使の著述を通して」

ユニット4
開催日時 6月27日(水)、13:15~14:45
開催場所 大宮学舎 清風館B103教室
講師 阿満道尋 先生
アラスカ州立大学アンカレッジ校 准教授
参加者 この特別講義は、CHSR共同研究者、龍谷大学の教員・学生を対象に開催されました。
(参加者 約30名)

 明治期から、アメリカに移民した日系人は、差別、死別、戦争など、さまざまな困難に遭遇しながら生き抜いてきました。そこには、日本人の大切にしてきた仏教精神、絆の底力をみることができるでしょう。具体的には、明治、大正、昭和にかけて活躍した京極逸蔵と田名大正の二人の開教使をとりあげ、アメリカにおいて、日系人が苦難の人生を、何を依りどころにして生きたかについて考えます。

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 阿満先生のご講演では、明治から昭和にかけて活躍した京極逸蔵と田名大正の二人の開教使を取り上げて、差別や戦争の困難を生きたアメリカ日系移民が拠り所とした真宗の死生観についてお話しいただいた。

 最初に、先生がお住まいのアラスカの写真を紹介しながら、住むところによって常識というものは全く変わってしまうことをお話しいただいた。浄土真宗の信仰形態もアメリカと日本では当然異なってくる。

 こ れまで、アメリカにおける真宗の変容(浄土真宗のアメリカ化)を研究する際には、アメリカの資料のみを対象にした研究や、日本とアメリカなどの地域による 違いを解明する研究が中心であった。しかし近年、開教使などの「人」の移動に着目し、宗教の変容を「流れ」として捉える研究が盛んになってきた。たとえ ば、田名大正は台湾や韓国にも滞在しており、さまざまな地域で布教する中で彼の考えは変化していった。また、花祭りはアメリカからドイツに移入した真宗に おいて生まれ、日本に逆輸入されたものである。このような宗教の変容は、たとえば日本とアメリカといった「点」で比較するだけでは解明できず、人の「流 れ」に着目することではじめて捉えられる。トマス・トゥイードの議論を参照しながら、有機的な流れとして、動的かつ静的なものとして宗教を捉える必要があると述べられた。

 以上のように研究動向を押さえた上で、田名大正と京極逸蔵の二人を取り上げ、遺された著述などを資料にして、戦前戦後のアメリカの真宗について論じられた。

 多くの日系人は、差別が続くなか、自分がアメリカ人であることを示すべくアメリカ軍に従軍する。彼らに対して真宗が提示していた死生観を、さまざまな資料をもとに紹介された。

 また、真宗の家庭化運動についてもお話しいただいた。アメリカの宗教的伝統のなかで真宗の教えをひろめるために、キリスト教の伝統を真宗の行事で置き換え て、真宗の儀式を家庭で行えるようにした。この家庭化の流れで、「念仏すれば浄土で家族みんなに会える」ということを中心に教えがひろめられていく。いわ ば死や浄土の「実体化」が試みられたのである。このような傾向の背景には、日系移民の困難な状況があったと考えられる。

 最後に、ロバート・ ベラーの理論に拠りながら、このような真宗の変容の理論づけを試みられた。ある程度制度化された安定的な教義や教団があってこそ、そこからバリエーション が生じてくる。両者は敵対するのではなく、お互いを高め合う。アメリカの真宗も、すでに出来上がった西本願寺の教義をコアとして、それを再解釈しながら、 アメリカの当時の状況に根ざした宗教活動を展開した。コアとバリエーションの有機的・動的な関係としてアメリカにおける真宗の変容を捉えられる可能性を指 摘された。

 

 今回のご講演では、真宗と戦争との関係といった、センシティブな問題にも言及された。しかし、先生の議論 は抑制の利いたものであった。すなわち、開教使の著述の善悪を判定するのではなく、当時の真宗のあり方を多角的に解明するために開教使の遺した資料を掘り 起こし、分析するという態度を保たれていた。「宗教と戦争」という難しいテーマを扱う際の一つの方法をご教示いただいた。(RA 古莊)

 

UNIT3 講演会「石見の妙好人」開催のお知らせ

ユニット3
開催日時 6月26日(火)13:15~14:45
開催場所 大宮学舎 本館2階講堂
講師 神 英雄 氏
石正美術館、浜田市世界こども美術館学芸課長

本講演会は、研究展示「妙好人における死生観と超越」の関連講義として開催いたします。

UNIT2 公開シンポジウムのお知らせ

学術講演
開催日時 2012 年6 月14 日(木)15:00~17:30
開催場所 大宮学舎西黌2階大会議室
講師 1. 場と関係性
―事例に見られる死生観-
  釋 徹宗(相愛大学、真宗学)
2. 危機の体験と死生観の形成
ー現代日本におけるキリスト教理解-
  中村信博(同志社女子大学、キリスト教神学)

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釈先生

 宗教の死生観をめぐる議論では、宗教における生と死をめぐる省察がその議論の中心となってきた。たとえば「~という宗教では~のように考える」など、そこでは、普遍的な死生観を炙り出すことが目論まれてきたわけである。ところが、釈先生は、死生観とは、ブレる心の動き(心の振り幅)に内在するものではないかと考えておられる。そこには、不本意や後悔も包括されるという。というのも、先生自身が、僧侶であった祖父の老いと病と死に対面して、一人の人間の生き様が、時には当人の考えや信条を曲げてでも、選択せざるをえない状況に直面したとき、様々に心が振れることを知ったからである。この「心の振り(この表現は、要約者による括り))」は、当人にだけ起こるのではなく、その状況に関わる人すべてに起こることである。こうした「心の振り」を死生観として捉え、実際の現場でまさに死生観が繰り広げられている状況を、甲谷匡賛(こうたに・まさあき)氏の事例とともに紹介された。

 甲谷氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難治性の病気を抱えている。ALSは、全身の筋肉や呼吸に必要な筋肉が次第に不随意になっていく病気で、最終的に、呼吸器をつけるかどうかが厳しい選択として迫られることがある。つければ3年~10年呼吸は保たれるともいわれれるが、呼吸器をつけない場合、気管が防がれ死に至るという。

 先生と甲谷氏との出会いは2008年。大学の連続講義で出会った。先生は仏教の講義を担当していたが、目の前に身体の動かない人がいる状況では、どんな言葉も薄っぺらくなることを知らされたという。

 ALS患者には、在宅滞在するモデルが主流とされているが、甲谷氏は「出家モデル」を選択(自宅で自分で生活する道)。その動きに対して、周りの人がボランティア化してお手伝いをしている。生活の場に併設された場所を「スペースALS-D」と呼び、縁のある人に身を委ねる方法を選択した。京都の町屋を改造して、自宅の隣に芸術空間を確保。芸術と医療の融合を目指している。

 甲谷氏の信仰についてであるが、同氏は2009年に出家得度している。しかしながら、念仏、キリスト教、新体道、ニューエイジ運動など、幅広く宗教思想全般に関心を持っている。とりわけ、チベット仏教への傾聴が強い。

 甲谷氏の宗教や芸術に対する理解、あるいはそうした感性を受け取る人びと(場)を通して、先生は、芸術の持つ自由横断的可能性について言及された。たとえば制度宗教では、「信じる」「信じない」という境界線を設定する。言葉によって行動を縛り、領域の設定(普遍性の設定)を試みる。この垣根を越えるのは容易ではない。しかし、芸術にはこの垣根を超えることができる。現に、「スペースALS-D」には、そうした垣根を安々と越えている。アニミズムは共感的であるが、制度宗教は理知的(ただし、共感的なものは「生きる問い」まで堀下がりにくい)。理知的形態から共感、共振をどのように呼び起こすかが先生の研究テーマであり、また、甲谷氏を通してみえてきた「スペースALS-D」の魅力でもあるとおっしゃった。

 生も死も、あるいは喜怒哀楽もすべてが包括される「スペースALS-D」という甲谷氏を中心とした現場に、死生観の一端をうかがい知ることができた。

 

中村先生

 最近先生が関心に持たれているのは、キリスト教徒が生活する現場についてである。そこには、必ずしも聖書の文言との一致を見ないような現実が存在することがある。先生の専門は、聖書学であるが、そこから少し離れて、キリスト教徒とは何かについて言及された。とりわけ、葬送儀礼を参考とされた。

 先生は、佐原英一牧師という牧師を紹介された。佐原牧師は既にお亡くなりになっているが、生前中、佐原牧師と中村先生の関係は決して良好とはいえなかったという。佐原牧師の元で信者として教会に属してた先生は、それまで学んだ聖書学とは乖離した現場に驚き、また、佐原牧師に異議を唱えたこともあったという。しかし、佐原牧師が亡くなられ、その葬儀の席でお話しさせていただくに際して、佐原牧師との思い出と、そうした経験を通して自身に反省の念を持ちながら、キリスト教とは何か、改めて考えさせれたという。

 佐原牧師は、制度的宗教を目の仇にしているような人物であった。京都農家生まれの次男で、同志社大学神学部、大学院を修了。ちょうどその頃のキリスト教界は、牧師養成に熱の入っていた時期で、日本キリスト教団における牧師制度は基本的に、牧師は教会が招聘するものであった。一方、佐原牧師を始め中村氏も属する京都葵教会は、社会のさまざまな矛盾に取り組んだのがそもそもの始まり(日本救世軍京都小隊)で、会衆主義的体質であった。日本の教会は体質的に、牧師中心主義的傾向にあるといわれたが、佐原牧師は京都葵教会に入り、3点を重視した。①会衆主義的教会論(教会形成):権威よりも共感性の重視、②青年信徒(神学生)の育成:共同生活と実践の重視、③批判者と支援者:新来会者にとっての親近感。そもそも佐原牧師は、榎本保郎牧師(アシュラム運動家)の影響を受けているが、しかし、榎本牧師はやがて霊的信仰の傾向を深めていったことには賛同できなかった。

 佐原牧師の活動は、教会論、神学、聖書解釈学よりも実践主義的であった。それは、一見すると、論理性や計画性に欠落し、方向性とバランスを失っているようにみえた。それは、信仰よりも感情よりも優先するようにみえた。しかしながら、佐原牧師の態度が、悲しみを負う人びとを視野に入れたものであったことを考慮すれば、この実践態度を近代プロテスタン史に位置づけることができるのかが、先生の研究者としての関心事でもあるという。

 佐原牧師の基本的態度は、悲しみを負う人びとを視野に入れるということについて一貫していた。それは、少年期の危機、次男の早世が死生観獲得の出発点となっていた。すなわち、教義に頼るのではなく、体験に住した現場に死生観が沸き起こってきたといえる。

 発表で先生は、現代のキリスト神学の多角的源泉をたどってゆかれた。中でもカール・バルトが人間の理性への不信を打ち立てたことを取り上げ、すなわち、人間は神の前において不完全であることを取り上げ、弁証法神学の流れを抑えたうえで、日本再臨運動にも同類の道上にあると分析。日本再臨運動には、内村鑑三や中田重治、木村清松などが代表者の名前を挙げられるとも仰った。

 中村先生がお話の中で「キリスト教徒の多くは、論理的に矛盾していないわけではない」とおっしゃったことはとても印象的であった。釈先生のご発表の内容にも重複するが、制度的宗教はとかく論理的整合性を求めるが、そのことが一方で、現場との齟齬を生じさせ、つまりは、矛盾という課題を請け負ことになる。これは制度的宗教の定めでもある。

 制度的宗教が展開する「言葉による縛り」をどう捉えるか。宗教の中でも基本スタンスは異なるのではないだろうか。たとえば仏教には無数の経典が存在し、一見するとそれらは「言葉による縛り」を徹底しているようにみえる。たしかに覚りへの階梯や戒律の遵守など、言葉が言動の制限に寄与していることは否めない。しかしながら、そうした「言葉による縛り」は、どこかで破られ、手放されることが、覚りにおけるポイントであるように思える。だからこそ覚りへの階梯が、無数の経本となって編纂されたし、対機説法という種種の教説が可能になるのかと思った。あるいは、経文を積極的に解釈するということも「言葉による縛り」からの開放という側面からみれば、十分ありうることである。ただし、それらが論理的な整合性を保っているかどうかは、一般の論理(通常論理)からは判別がつかない。そこで、哲学研究の沿革をたどることになるのであろう。こうして覚りは再び「言葉による縛り」へと収斂される。

 現代は、経典からは説明もつかない現実が横たわり、経典が編纂された時代からかなり時間を経過している。それでいても、経典の文言が現代に生きる「私」において光輝を放つのは、文言そのものが万象の原理について言及しているからではないだろうか。それは一見すると夥しい数の文字の羅列で、「言葉による縛り」を推し進めるように見えるが、実は「言葉による縛り」から自己が解き放たれる道程(既に解き放たれたこと)を、原理的に論考しているのである。

 そうでなければ論理という名のロジックに埋没し、「言葉による縛り」などという「問い」そのものが、重荷でしかないことになる。「言葉による縛り」ということがテーマ化された(「問い」に付された)時点で、既にその「問い」は「応え」を迎えていることになるのではないだろうか。

(参加者、およそ20名)

(RA本多)

UNIT2 公開講座 イスラーム

-教え、人間観、死生観-

ユニット2
開催日時 2012年6月4日(月)13:15~16:00
開催場所 大宮学舎清和館3Fホール
講師 塩尻和子氏(筑波大学名誉教授、東京国際大学特命教授/ 宗教学,イスラ-ム学)

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塩尻先生は、イスラーム全般についてわかりやすく解説くださいました。

 質疑応答には1時間もの時間が設けられました。会場からは数々の質問があがり、すべてのの質問に先生は丁寧に答えられました。質問はイスラームの教義に関するものから、生活現場での態度、文化的側面まで多岐にわたりました。以下、講演概要を箇条書きにてまとめます。

*イスラームの教えの特徴として「神への絶対服従」「相互扶助」「神の前での平等」の三点がある。なかでも、義務の行為として「相互扶助」が取り入れられているのは、イスラーム独自のユニークな視点である。また、「神の前での平等」はキリスト教の教えにもあり、そこには実際に様々な差別もが横行している。インドでのカースト批判から仏教やイスラームが受け入れられているのと同じように、現実的にはイスラームは「神の前の平等」を徹底している。

*イスラムの最盛期は、中世、8世紀~12世紀であるといえる。13世紀以降のオスマン帝国も最盛期とも考えられる。ただし、現在の信者数は、13億人~16億人であり、20、30年前は8億人といわれていた。事実、昨今の信者数の増加は著しく、キリスト教徒数が18億人ほどとすれば、近い将来、キリスト教の信者数を超える可能性がある。

*イスラーム独自の死生観として「死をかこむ二つの生」という概念がある。イスラームでは、人間は、生れて「生」が始まり、「死」を介して、次に来世の命がある。イスラームでは現世よりも来世を重視する。「始まりも終わりもないもの」などない。それは神だけとイスラームでは考えらていれる。死が「終わり」ではなく、死を介して前後に二つの生があると考える。これはイスラームの死生観の特徴といえる。

*また、イスラームでは、現世も来世も、人間が生きる場として考えられている。死んだ者と出会う場が用意されている教えは、家族を亡くした者にとっては温かい考え方。そもそもこういう考え方は古来よりアラビア半島にあったわけではない。アラビア半島には、ダフル(dahr、「命」「時」)が支配するという考えが根強かった。これに対してムハンマドが来世を教説した。ムハンマドはそのため迫害されたが、結果的にイスラームは個人救済の来世理論の確立をはたした。

*イスラームの来世:イスラームの「再生」は「生まれかわり」ではなく、べつの世界への再生。インドの輪廻転生のように、現世に「生まれかわる」教えはない。むしろ、「再生」は「帰る」ことを意味する。来世へ「帰る」と捉えられる。

(参加者、およそ30名)(RA本多)

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