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研究活動

UNIT2 公開シンポジウムのお知らせ

学術講演
開催日時 2012 年6 月14 日(木)15:00~17:30
開催場所 大宮学舎西黌2階大会議室
講師 1. 場と関係性
―事例に見られる死生観-
  釋 徹宗(相愛大学、真宗学)
2. 危機の体験と死生観の形成
ー現代日本におけるキリスト教理解-
  中村信博(同志社女子大学、キリスト教神学)

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釈先生

 宗教の死生観をめぐる議論では、宗教における生と死をめぐる省察がその議論の中心となってきた。たとえば「~という宗教では~のように考える」など、そこでは、普遍的な死生観を炙り出すことが目論まれてきたわけである。ところが、釈先生は、死生観とは、ブレる心の動き(心の振り幅)に内在するものではないかと考えておられる。そこには、不本意や後悔も包括されるという。というのも、先生自身が、僧侶であった祖父の老いと病と死に対面して、一人の人間の生き様が、時には当人の考えや信条を曲げてでも、選択せざるをえない状況に直面したとき、様々に心が振れることを知ったからである。この「心の振り(この表現は、要約者による括り))」は、当人にだけ起こるのではなく、その状況に関わる人すべてに起こることである。こうした「心の振り」を死生観として捉え、実際の現場でまさに死生観が繰り広げられている状況を、甲谷匡賛(こうたに・まさあき)氏の事例とともに紹介された。

 甲谷氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難治性の病気を抱えている。ALSは、全身の筋肉や呼吸に必要な筋肉が次第に不随意になっていく病気で、最終的に、呼吸器をつけるかどうかが厳しい選択として迫られることがある。つければ3年~10年呼吸は保たれるともいわれれるが、呼吸器をつけない場合、気管が防がれ死に至るという。

 先生と甲谷氏との出会いは2008年。大学の連続講義で出会った。先生は仏教の講義を担当していたが、目の前に身体の動かない人がいる状況では、どんな言葉も薄っぺらくなることを知らされたという。

 ALS患者には、在宅滞在するモデルが主流とされているが、甲谷氏は「出家モデル」を選択(自宅で自分で生活する道)。その動きに対して、周りの人がボランティア化してお手伝いをしている。生活の場に併設された場所を「スペースALS-D」と呼び、縁のある人に身を委ねる方法を選択した。京都の町屋を改造して、自宅の隣に芸術空間を確保。芸術と医療の融合を目指している。

 甲谷氏の信仰についてであるが、同氏は2009年に出家得度している。しかしながら、念仏、キリスト教、新体道、ニューエイジ運動など、幅広く宗教思想全般に関心を持っている。とりわけ、チベット仏教への傾聴が強い。

 甲谷氏の宗教や芸術に対する理解、あるいはそうした感性を受け取る人びと(場)を通して、先生は、芸術の持つ自由横断的可能性について言及された。たとえば制度宗教では、「信じる」「信じない」という境界線を設定する。言葉によって行動を縛り、領域の設定(普遍性の設定)を試みる。この垣根を越えるのは容易ではない。しかし、芸術にはこの垣根を超えることができる。現に、「スペースALS-D」には、そうした垣根を安々と越えている。アニミズムは共感的であるが、制度宗教は理知的(ただし、共感的なものは「生きる問い」まで堀下がりにくい)。理知的形態から共感、共振をどのように呼び起こすかが先生の研究テーマであり、また、甲谷氏を通してみえてきた「スペースALS-D」の魅力でもあるとおっしゃった。

 生も死も、あるいは喜怒哀楽もすべてが包括される「スペースALS-D」という甲谷氏を中心とした現場に、死生観の一端をうかがい知ることができた。

 

中村先生

 最近先生が関心に持たれているのは、キリスト教徒が生活する現場についてである。そこには、必ずしも聖書の文言との一致を見ないような現実が存在することがある。先生の専門は、聖書学であるが、そこから少し離れて、キリスト教徒とは何かについて言及された。とりわけ、葬送儀礼を参考とされた。

 先生は、佐原英一牧師という牧師を紹介された。佐原牧師は既にお亡くなりになっているが、生前中、佐原牧師と中村先生の関係は決して良好とはいえなかったという。佐原牧師の元で信者として教会に属してた先生は、それまで学んだ聖書学とは乖離した現場に驚き、また、佐原牧師に異議を唱えたこともあったという。しかし、佐原牧師が亡くなられ、その葬儀の席でお話しさせていただくに際して、佐原牧師との思い出と、そうした経験を通して自身に反省の念を持ちながら、キリスト教とは何か、改めて考えさせれたという。

 佐原牧師は、制度的宗教を目の仇にしているような人物であった。京都農家生まれの次男で、同志社大学神学部、大学院を修了。ちょうどその頃のキリスト教界は、牧師養成に熱の入っていた時期で、日本キリスト教団における牧師制度は基本的に、牧師は教会が招聘するものであった。一方、佐原牧師を始め中村氏も属する京都葵教会は、社会のさまざまな矛盾に取り組んだのがそもそもの始まり(日本救世軍京都小隊)で、会衆主義的体質であった。日本の教会は体質的に、牧師中心主義的傾向にあるといわれたが、佐原牧師は京都葵教会に入り、3点を重視した。①会衆主義的教会論(教会形成):権威よりも共感性の重視、②青年信徒(神学生)の育成:共同生活と実践の重視、③批判者と支援者:新来会者にとっての親近感。そもそも佐原牧師は、榎本保郎牧師(アシュラム運動家)の影響を受けているが、しかし、榎本牧師はやがて霊的信仰の傾向を深めていったことには賛同できなかった。

 佐原牧師の活動は、教会論、神学、聖書解釈学よりも実践主義的であった。それは、一見すると、論理性や計画性に欠落し、方向性とバランスを失っているようにみえた。それは、信仰よりも感情よりも優先するようにみえた。しかしながら、佐原牧師の態度が、悲しみを負う人びとを視野に入れたものであったことを考慮すれば、この実践態度を近代プロテスタン史に位置づけることができるのかが、先生の研究者としての関心事でもあるという。

 佐原牧師の基本的態度は、悲しみを負う人びとを視野に入れるということについて一貫していた。それは、少年期の危機、次男の早世が死生観獲得の出発点となっていた。すなわち、教義に頼るのではなく、体験に住した現場に死生観が沸き起こってきたといえる。

 発表で先生は、現代のキリスト神学の多角的源泉をたどってゆかれた。中でもカール・バルトが人間の理性への不信を打ち立てたことを取り上げ、すなわち、人間は神の前において不完全であることを取り上げ、弁証法神学の流れを抑えたうえで、日本再臨運動にも同類の道上にあると分析。日本再臨運動には、内村鑑三や中田重治、木村清松などが代表者の名前を挙げられるとも仰った。

 中村先生がお話の中で「キリスト教徒の多くは、論理的に矛盾していないわけではない」とおっしゃったことはとても印象的であった。釈先生のご発表の内容にも重複するが、制度的宗教はとかく論理的整合性を求めるが、そのことが一方で、現場との齟齬を生じさせ、つまりは、矛盾という課題を請け負ことになる。これは制度的宗教の定めでもある。

 制度的宗教が展開する「言葉による縛り」をどう捉えるか。宗教の中でも基本スタンスは異なるのではないだろうか。たとえば仏教には無数の経典が存在し、一見するとそれらは「言葉による縛り」を徹底しているようにみえる。たしかに覚りへの階梯や戒律の遵守など、言葉が言動の制限に寄与していることは否めない。しかしながら、そうした「言葉による縛り」は、どこかで破られ、手放されることが、覚りにおけるポイントであるように思える。だからこそ覚りへの階梯が、無数の経本となって編纂されたし、対機説法という種種の教説が可能になるのかと思った。あるいは、経文を積極的に解釈するということも「言葉による縛り」からの開放という側面からみれば、十分ありうることである。ただし、それらが論理的な整合性を保っているかどうかは、一般の論理(通常論理)からは判別がつかない。そこで、哲学研究の沿革をたどることになるのであろう。こうして覚りは再び「言葉による縛り」へと収斂される。

 現代は、経典からは説明もつかない現実が横たわり、経典が編纂された時代からかなり時間を経過している。それでいても、経典の文言が現代に生きる「私」において光輝を放つのは、文言そのものが万象の原理について言及しているからではないだろうか。それは一見すると夥しい数の文字の羅列で、「言葉による縛り」を推し進めるように見えるが、実は「言葉による縛り」から自己が解き放たれる道程(既に解き放たれたこと)を、原理的に論考しているのである。

 そうでなければ論理という名のロジックに埋没し、「言葉による縛り」などという「問い」そのものが、重荷でしかないことになる。「言葉による縛り」ということがテーマ化された(「問い」に付された)時点で、既にその「問い」は「応え」を迎えていることになるのではないだろうか。

(参加者、およそ20名)

(RA本多)

UNIT2 公開講座 イスラーム

-教え、人間観、死生観-

ユニット2
開催日時 2012年6月4日(月)13:15~16:00
開催場所 大宮学舎清和館3Fホール
講師 塩尻和子氏(筑波大学名誉教授、東京国際大学特命教授/ 宗教学,イスラ-ム学)

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塩尻先生は、イスラーム全般についてわかりやすく解説くださいました。

 質疑応答には1時間もの時間が設けられました。会場からは数々の質問があがり、すべてのの質問に先生は丁寧に答えられました。質問はイスラームの教義に関するものから、生活現場での態度、文化的側面まで多岐にわたりました。以下、講演概要を箇条書きにてまとめます。

*イスラームの教えの特徴として「神への絶対服従」「相互扶助」「神の前での平等」の三点がある。なかでも、義務の行為として「相互扶助」が取り入れられているのは、イスラーム独自のユニークな視点である。また、「神の前での平等」はキリスト教の教えにもあり、そこには実際に様々な差別もが横行している。インドでのカースト批判から仏教やイスラームが受け入れられているのと同じように、現実的にはイスラームは「神の前の平等」を徹底している。

*イスラムの最盛期は、中世、8世紀~12世紀であるといえる。13世紀以降のオスマン帝国も最盛期とも考えられる。ただし、現在の信者数は、13億人~16億人であり、20、30年前は8億人といわれていた。事実、昨今の信者数の増加は著しく、キリスト教徒数が18億人ほどとすれば、近い将来、キリスト教の信者数を超える可能性がある。

*イスラーム独自の死生観として「死をかこむ二つの生」という概念がある。イスラームでは、人間は、生れて「生」が始まり、「死」を介して、次に来世の命がある。イスラームでは現世よりも来世を重視する。「始まりも終わりもないもの」などない。それは神だけとイスラームでは考えらていれる。死が「終わり」ではなく、死を介して前後に二つの生があると考える。これはイスラームの死生観の特徴といえる。

*また、イスラームでは、現世も来世も、人間が生きる場として考えられている。死んだ者と出会う場が用意されている教えは、家族を亡くした者にとっては温かい考え方。そもそもこういう考え方は古来よりアラビア半島にあったわけではない。アラビア半島には、ダフル(dahr、「命」「時」)が支配するという考えが根強かった。これに対してムハンマドが来世を教説した。ムハンマドはそのため迫害されたが、結果的にイスラームは個人救済の来世理論の確立をはたした。

*イスラームの来世:イスラームの「再生」は「生まれかわり」ではなく、べつの世界への再生。インドの輪廻転生のように、現世に「生まれかわる」教えはない。むしろ、「再生」は「帰る」ことを意味する。来世へ「帰る」と捉えられる。

(参加者、およそ30名)(RA本多)

UNIT2 公開講座 神話が描く人間の生と死

-世界の創成神話-

ユニット2
開催日時 2012年5月25日(金)10:45~12:15
開催場所 大宮学舎清和館3Fホール 
講師 平藤喜久子氏(國學院大學、宗教学/神話学)

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 平藤喜久子先生は、人間の生と死の起源について、世界各地に存在する神話の生死の起源に関する描写から考察された。まず、神話の意味について説明され、神話とは、現実とは異なる実際に起こりえない状態を指す場合や、伝説的、神聖なるものを示す場合もあるとした上で、次のように定義された。「神話とは、古い時代に残されたもので人々が神聖視した物語であり、何より世界の始まりや人間の起源を示したものである。そして、神話学とは、比較、ルーツ、影響関係、観念等の様々な観点から神話を解釈していくものである。」
 発表は、人間の生と死の起源に関する神話の描写から、人間が如何に創造されて人として誕生して生活を営み、最後には必ず死ぬ存在となったかを中心に進められた。神話には世界の創造や人間の生と死の起源など、地理、文化的差を越えて人類に共有される面を基盤にして、各環境化に応じた特異的な物語が紡がれるという特徴がある。ここに神話の内容が類似性と相違性を備える由来がある。
 人間の生の起源は、シュメール、ギリシア、旧約聖書等の神話では共通して、超越した存在によって人間が創造され、この世に誕生すると説明される。その創造の方法に、石、土、水、植物等のいずれかを用いるかで相違があり、また人間を創造するに至るまでの過程にも違いがある。しかし、人間創造の素となる石、土、植物は土から生まれるものであり、最終的には土へと再び還るものであるという共有性を持つ。人間の始まりに関して、各地の自然環境、食文化に応じた神話内容となっており、現地の環境下で生活を営む人々の思想を反映していることが見られる。
 人間の死の起源についても、神という超越した存在から人間に対して死が定められる。インドネシア、日本の神話では、神から永遠でないものを授けられることにより、人間もまた死ぬ身となった。また、神話には不死の描写もされており、神々から人間に対して不死を授けようという話しが登場する。しかし、人間に不死を与えることができず、どれだけ人間が死を避けようとしても、結局は死ぬ存在であるということが明かされる。
 神話は、人間の生死の起源や世界の起源を神々という存在に仮託して語らせることで成立している。つまり、神話を読み解くことは、当時の人間の思想、文化、環境等の神話の背景を知ることにもなる。地域ごとの特異性を持ちながらも、共通して扱うテーマや描写の方法もあり、地理的、思想的な影響関係があると同時に、人類が共通して持つ認識を映し出したものが神話であることが知られる。特に、生死の起源については、人類が共通して持つ究極的なテーマであり、神話を読み取っていくことで得られる見方、思想は重要な解答となる。神話を伝説やただの物語として扱うのではなく、そこに内在している意味を解釈するという姿勢が重要であろう。質疑応答では、魂の問題をはじめ、死後の世界、永遠の命の象徴、比較研究等に関する質問が出された。これらも神話学の研究領域に関するものであり、神話及び神話学がもたらす内容がいかに重要か、改めて考え直すきっかけをいただいた。(RA本多)

Unit2 公開シンポジウム開催のお知らせ

ユニット2
開催日時 2011年6月16日(木) 14:30~18:15
開催場所 大宮学舎西黌2階大会議室
講師 高田信良(龍谷大学、宗教学)
杉岡孝紀(龍谷大学、真宗学)
澤井義次(天理大学、宗教学)

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 高田先生の発表は次のようなテーマについての考察であった。

 宗教多元的現状の発端は幕末維新期まで遡ることができる。近代の登場に伴い、「〈religion〉=宗教」概念は成立し、日本社会における宗教運動態が規定され、仏教も「〈religion〉=宗教」の一つに数えられるようになった。このことは、制度としての宗教(religion)の誕生でもあった。また、制度としての宗教の誕生は、習俗的・民俗的信仰体系の削除を意味した。つまり、幕末期以降の「〈religion〉=宗教」の誕生は、制度化されないそれまでの宗教の情景を大きく変え、「宗教団体」の現出を促したのである。こうして、宗教/無宗教を「選ぶ」という、宗教の現代的風景の淵源が形成されたといえる。

 先生は、西谷啓治の文章を引用しながら、現代の宗教多元的状況において、儀式・儀礼にみられる習俗的(人→法)側面から、宗教性の本源について言及された。

 澤井先生の発表は、古代インド宗教の死生観と天理教の教理を比較検討する内容であった。まず、比較検討する際の土俵として先生は、双方の宗教性の共感的理解のため、宗教伝統を一つの宗教的な「意味世界」として理解することを提案。すなわち、双方の時間軸から(時間的位相の違いを)外したうえで、理念的平面に並べ、当事者にとってのリアリティとして比較する試みである(井筒俊彦の共感的理解を参照)。発表では、「再死」「死後の世界」「輪廻」など、仏教思想のルーツにもなる基本的な思想が古代インドに存したことを紹介された。さらに、天理教教理における「いんねん」「出直し」「ほこり」「陽気ぐらし」「心の清浄化」などのキー概念を用いて、双方に通底する循環的リアリティ(「円環性」)と、そこからの脱却としての主体的生き方(善業、諸行為)を「生と死のリアリティ」と位置づけられた。質疑応答では、時間軸を取り外した、いわゆる「エリアーデ的」な比較検討の方法論についての問題点などが投じられた。

 杉岡先生の発表は、〈光のメタファー〉のもつ宗教的意義について、とりわけ親鸞の思想から、〈光のメタファー〉の持つ可能性について講じられた。まず、メタファーを真実として位置づけたM・ブラック、G・レイコフなどの言葉を紹介したうえで、史上の思想家や宗教者が「光」との出会いを、表現してきたことを紹介。具体的には、『創世記』、『ヨハネによる福音書』『チベット死者の書』など宗教書の他に、「臨死体験」「青木新門の『納棺夫日記』」「法然における聖相」など体験記にも、〈光のメタファー〉が存在することに触れられた。また、親鸞においては、光(光明)は「智慧」のみならず「慈悲」として掌握されており、さらには、称名念仏の立場で「光」は、「聞」であると述べられた。晩年の親鸞は、繰り返し「光」について記しており、また、親鸞が、念仏往生の真実性を語る法然の姿を、リアリティとして領解しているということを述べられた。質疑応答では、〈光のメタファー〉とは記号(シンボル)ではないかという意見が出された他、〈光のメタファー〉を考える際、〈メタファーとしての光〉と〈シンボル(記号)としての光〉は峻別されるのではといった意見が寄せられた。

 

 新たに得られた知見としては、現代が後期ポストモダン、つまり、「規律社会」から「管理社会(電子技術の充実に伴う『監視』社会)」に移行しつつあると捉える立場からすれば、「宗教多元的現状における死生観」というテーマが提起される背後には、「規律社会(規律社会・制度社会)」の凋落という現象によって、死生にかかわる宗教性(習俗的伝統、宗教の身体性、習俗)への関心が逆に寄せられることに発端をなすように思われる。

 後期ポストモダンで、宗教者を含めた人間は、一人に十色の彩(側面)が偏在するようになる。行為、規律、規範といった宗教に通じるであろうとされる「確かさ」が希薄化し、その反発として、行為、規律、規範に関心が寄せられるが、学問という中立的視点からすれば、抽象的な概念こそが、宗教間比較の場面で論ぜられるようになる。この傾向は、これまでの歴史上、存在しなかったことであるし、またその意味では、時間軸を超えた宗教的リアリティを比較検討したり、一つの概念(光というメタファー)を用いて、宗教全般に通底するキー概念を抽出する試みは、今発表で先生方が示されたように、ある意味、時代の要請として、宗教者の側が、議論すべきテーマであるように思える。

 一方で、昨年のユニット2のワークショップで一部議論にあがった、時代の要請として持ち上がるテーマに対して宗教者が正面から応答することが、必ずしも宗教多元的状況への全幅の回答にはならないということも、忘れてはならないように思われる。「宗教者が現代の問題に取り組む必要はない」という〈実直〉な言葉を思い出す。

 宗教多元的状況において本源をなすテーマとしては、さまざまな状況におかれた個々、つまりは〈一人のわたし〉という主体を取り巻く、認識の仕方であり、また、そこから派生する方法論的視座であるように思われる。後期ポストモダンで〈わたし〉は、自分の中にいくつもの側面(十色の彩)を見る。後期ポストモダンにおいて、受身的に置き去りにされた自己存在を発見するところに、宗教多元的状況における宗教同志の対話の土俵があるように思われる。

 もう少し考えを深めてゆきたい。(RA本多真)

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