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研究活動

パドマ展示案内と特別講義「金子みすゞ いのちへのまなざし」

ユニット4
開催日時 2013年1月27日(日) 13:30~15:00
開催場所 龍谷大学深草学舎至心館2階 パドマ展示室およびパドマ大会議室
講師 鍋島直樹(龍谷大学文学部教授、人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)
参加者 48名(神戸市の小学校教員など)

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 神戸市総合教育センター 授業づくり支援室の要請を受け、神戸市の小学校教員の方々を対象に2012年度後期研究展示「金子みすゞ いのちへのまなざし ―星とたんぽぽ―」の展示案内と関連講義を開催した。小学校教育の現場で金子みすゞの詩を教える先生方に、金子みすゞの詩がもつ魅力と深い洞察について、展示と講義を通して伝えることができた。本講義で学ばれた先生方が子どもたちにみすゞの詩の真の魅力を教えることによって、いのちに対するやさしいまなざしや、いのちがつながっていることへの気づきなどを子どもたちに伝えていただけるものと思われる。本講義は、われわれの「死生観と超越」研究の成果を社会へと還元する格好の機会となった。(RA 古莊)

特別講義「金子みすゞ いのちへのまなざし」を開催

ユニット4
開催日時 2013年1月7日(月) 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学 大宮学舎清和館3階ホール
講師 鍋島直樹 氏
(龍谷大学文学部教授、人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長) 
参加者 150名

*入場無料・事前申込不要

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 本講義において鍋島氏はまず、金子みすゞゆかりの地、仙崎の写真などを紹介しながら、みすゞの生涯を尋ねた。次に、「大漁」「おさかな」「土」「星とたんぽぽ」「こだまでしょうか」などのみすゞの童謡を会場の方々とともに声に出して朗読し、各童謡の深い意味を明らかにした。特に、「鯨法会」「お仏壇」「さびしいとき」などの童謡を取り上げて、みすゞの童謡の背景にある仏教的・浄土教的環境について紹介した。さらに、東日本大震災における講師自身の支援活動のなかで、みすゞの詩が東北の人々に力を与えていたことを紹介し、みすゞの詩のもつ「ことばの力」を詳らかにした。

 新しく得た知見は、今でも仙崎の地で鯨の過去帳が書き足され続けているという事実である。江戸時代から明治初期まで日本有数の捕鯨基地であった仙崎では、鯨の過去帳が作成され、鯨を弔う法要(鯨法会・鯨回向)が営まれていた。しかし、捕鯨が衰退した現在でも、鯨や海の生物に対する法要が続けられている。矢崎節夫氏によれば、現在でも仙崎の人々は、岸に打ちあげられたり魚の網にかかったりする鯨に戒名をつけ、供養し、過去帳に書き加えているという(『みすずさんのうれしいまなざし』JULA出版局、2008年、158-159頁)。このように、みすゞの童謡を生んだ仙崎の仏教的な環境が現在でもこの地に生き続けていることに深い感銘を受けた。(RA 古莊)

特別講義「みんなちがって、みんないい。」を開催

―金子みすゞさんのうれしいまなざし―

ユニット4
開催日時 2012年12月10日(月) 10:45~12:15
開催場所 龍谷大学深草学舎 顕真館
講師 矢崎節夫 氏(金子みすゞ記念館 館長、童話詩人・童話作家)
参加者 715名

主催:龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター

後援:龍谷大学宗教部

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 矢崎節夫先生のご講演では、「ことばの再生」をテーマに、自分中心のまなざしの転換を促す金子みすゞの詩の奥深さをわかりやすくご紹介いただいた。「積った雪」「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」「柘榴の葉と蟻」「さびしいとき」「土曜日曜」「桃の花びら」「土」「浜辺の石」「去年」「犬」「しけだま」などのみすゞの詩をもとに、こだますることが人間にとって最も本質的であること、〈辛さと幸せ〉や〈あなたと私〉など、すべてのものが「二つで一つ」「二人で一つ」であること、そして、あなたがいてはじめて私があるという「あなたと私」のまなざしなどについてお話しいただいた。

 教えられるところの多い先生のご講演の中でも、とりわけ新しい知見として得たことは、先生のみすゞ解釈が、さまざまな支援の実践と「菩薩行」とが結びついていることであった。

 自己中心の「私とあなた」のまなざしから、「あなたがいてはじめて私がいる」という「あなたと私」のまなざしへの転換は、「あなたがいてくれて、はじめて私がいる」という、かけがえのない他者への感謝の心を生み出す。声に出してみすゞの詩を読み、まわりの他者に感謝を伝え、さまざまな実践を行うなかで、まなざしが転換していき、他者とともに真の倖せを生きることができる。他者とこだまし合うことができる。矢崎先生のみすゞ解釈は、他者と共に生きるという実践に深く結びついている。

 実際に、矢崎先生をはじめ、みすゞの詩を愛する人々は、ネパールの人々や東日本大震災の「代受苦者」の方々へ想いを寄せて、継続的な支援活動を行っている。「代受苦者」とは、矢崎先生が永観堂の中西玄禮先生から教わった言葉で、〈私が受けたかもしれない苦しみを代わりに受けて下さった人〉のことである。自分のこととして東北の人々に思いを寄せ続けることこそが、支援活動を継続的に行う上で最も大切なことである。そして、思いを寄せ続けることを可能にしているのが、みすゞの詩と矢崎先生のみすゞ解釈なのである。

 矢崎先生はさまざまな活動を「菩薩行」ということばでも表現されていた。実践と深く結びついている矢崎先生のみすゞ解釈は、仏教思想に基づいて社会貢献や被災地支援活動を実践する際に、大きなヒントとなるのではないだろうか。(RA 古莊)

UNIT4 特別対談「行方不明の夫に宛てたラブレター」

ユニット4
開催日時 2012年10月1日(月) 午前10時45分~12時15分
開催場所 龍谷大学 大宮学舎東黌205教室
講師 菅原文子(気仙沼市ご遺族)

参加者 60名

 2011年3月11日午後2時46分、観測史上初のマグニチュード9の東日本大震災が発生しました。警察庁によれば、2012年3月11日の時点において、死亡者15,854人、行方不明者3,155人です。東日本大震災から一年以上を経て、あらためて言葉にできないほどの無念さや悲しみがあふれてくる。行方がわからない状態の方やお亡くなりになった方、一人ひとりにかけがえのない人生があったことが偲ばれます。この特別対談では、その悲しみと悔しさを忘れず、悲しみから生まれる大切なことを私たちがそれぞれ受け継いでいくことができればと思います。
 この特別対談では、気仙沼市に住むご遺族、菅原文子さんをお招きし、真実の体験を聞き学びます。東日本大地震の約40分後、20メートル近い高さの津波が何度も気仙沼市を襲ってきました。その津波で、自宅の酒屋を片づけていた菅原文子さんの夫が流され、行方不明となってしまいました。ご自宅も全壊しました。しかし、文子さんはその無念さの中で、夫が築いた「すがとよ酒店」を、息子さんたちと力を合わせて、2011年4月23日に再開しました。そして、あの大地震から五か月後、2011年夏の終わり、文子さんは一通の手紙を夫にあてて書きました。そのラブレターが、京都市の和洋紙販売会社「柿本商事」が企画した手紙コンクールで、「恋文大賞」を授賞しました。約9000通の応募の中から選ばれたラブレターでした。私はこのラブレターを、KBSラジオ番組「京のあったか円かじり」のキャスター本多隆朗さん、伴真理子さんを通して知り、とても感動しました。それから、龍谷大学文学部教義学特殊講義「死生観と超越」において、彼女のラブレターを学生たちに紹介したところ、学生たちも感動し、彼らのメッセージを気仙沼市の菅原文子さんに届けました。そのような交流が花開いて、この特別講演が実現しました。菅原文子さんには、心から感謝を申し上げます。この菅原文子さんの真実のお話を静かに聞き、私たちが、死別の悲しみから生まれる真の愛情について学び、被災地を少しでも応援することができればと思います。(龍谷大学文学部教授、CHSRセンター長 鍋島直樹)

 

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 本対談では、宮城県気仙沼市にお住まいの菅原文子さんをお招きして、東日本大震災以降に体験されたことをお話しいただいた。

 菅原さんの夫は、菅沼さんの目の前で津波に呑まれ、行方不明となった。菅原さんは、夫への想いや被災の現実を詩や歌として折に触れて書きとめられ、2011年の夏の終わりに夫に宛てて書かれた菅原さんの手紙が、京都市の和洋紙販売会社「柿本商事」主催の手紙コンクールで「恋文大賞」を授賞した。このご縁で、夫とともに築いた「すがとよ酒店」を再開し、経営を続ける苦労の日々や、夫の遺体が発見されてからの心の変容などを記した菅原さんの詩や歌が一冊の本としてまとめられることとなった。本対談では、この本や手紙に書きとめられた想いを菅原さんにお尋ねしながら、対談が進められた。

 新しく得た知見としては、被災体験を書き残し、本として保存されることの大切さである。死者数や被害総額など、数値化することのできる震災の記録は後世まで容易に伝わるが、被災や復興の日々を過ごす一人ひとりの被災者の想いは、菅原さんの本のように、まとまった形で保存されなければすぐに失われてしまう。しかし、被災していない者にとって、また、将来別の災害などで被災することになったときに、菅原さんの本のような記録こそが明日を生きるための大きな指針となるのではないだろうか。一人ひとりの被災者の想いを後世に伝えていくことの大切さに気づかせていただいた。(RA 古莊)

 

UNIT4 特別講義 「日系仏教徒の死生観と超越:戦前戦後の北米開教使の著述を通して」

ユニット4
開催日時 6月27日(水)、13:15~14:45
開催場所 大宮学舎 清風館B103教室
講師 阿満道尋 先生
アラスカ州立大学アンカレッジ校 准教授
参加者 この特別講義は、CHSR共同研究者、龍谷大学の教員・学生を対象に開催されました。
(参加者 約30名)

 明治期から、アメリカに移民した日系人は、差別、死別、戦争など、さまざまな困難に遭遇しながら生き抜いてきました。そこには、日本人の大切にしてきた仏教精神、絆の底力をみることができるでしょう。具体的には、明治、大正、昭和にかけて活躍した京極逸蔵と田名大正の二人の開教使をとりあげ、アメリカにおいて、日系人が苦難の人生を、何を依りどころにして生きたかについて考えます。

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 阿満先生のご講演では、明治から昭和にかけて活躍した京極逸蔵と田名大正の二人の開教使を取り上げて、差別や戦争の困難を生きたアメリカ日系移民が拠り所とした真宗の死生観についてお話しいただいた。

 最初に、先生がお住まいのアラスカの写真を紹介しながら、住むところによって常識というものは全く変わってしまうことをお話しいただいた。浄土真宗の信仰形態もアメリカと日本では当然異なってくる。

 こ れまで、アメリカにおける真宗の変容(浄土真宗のアメリカ化)を研究する際には、アメリカの資料のみを対象にした研究や、日本とアメリカなどの地域による 違いを解明する研究が中心であった。しかし近年、開教使などの「人」の移動に着目し、宗教の変容を「流れ」として捉える研究が盛んになってきた。たとえ ば、田名大正は台湾や韓国にも滞在しており、さまざまな地域で布教する中で彼の考えは変化していった。また、花祭りはアメリカからドイツに移入した真宗に おいて生まれ、日本に逆輸入されたものである。このような宗教の変容は、たとえば日本とアメリカといった「点」で比較するだけでは解明できず、人の「流 れ」に着目することではじめて捉えられる。トマス・トゥイードの議論を参照しながら、有機的な流れとして、動的かつ静的なものとして宗教を捉える必要があると述べられた。

 以上のように研究動向を押さえた上で、田名大正と京極逸蔵の二人を取り上げ、遺された著述などを資料にして、戦前戦後のアメリカの真宗について論じられた。

 多くの日系人は、差別が続くなか、自分がアメリカ人であることを示すべくアメリカ軍に従軍する。彼らに対して真宗が提示していた死生観を、さまざまな資料をもとに紹介された。

 また、真宗の家庭化運動についてもお話しいただいた。アメリカの宗教的伝統のなかで真宗の教えをひろめるために、キリスト教の伝統を真宗の行事で置き換え て、真宗の儀式を家庭で行えるようにした。この家庭化の流れで、「念仏すれば浄土で家族みんなに会える」ということを中心に教えがひろめられていく。いわ ば死や浄土の「実体化」が試みられたのである。このような傾向の背景には、日系移民の困難な状況があったと考えられる。

 最後に、ロバート・ ベラーの理論に拠りながら、このような真宗の変容の理論づけを試みられた。ある程度制度化された安定的な教義や教団があってこそ、そこからバリエーション が生じてくる。両者は敵対するのではなく、お互いを高め合う。アメリカの真宗も、すでに出来上がった西本願寺の教義をコアとして、それを再解釈しながら、 アメリカの当時の状況に根ざした宗教活動を展開した。コアとバリエーションの有機的・動的な関係としてアメリカにおける真宗の変容を捉えられる可能性を指 摘された。

 

 今回のご講演では、真宗と戦争との関係といった、センシティブな問題にも言及された。しかし、先生の議論 は抑制の利いたものであった。すなわち、開教使の著述の善悪を判定するのではなく、当時の真宗のあり方を多角的に解明するために開教使の遺した資料を掘り 起こし、分析するという態度を保たれていた。「宗教と戦争」という難しいテーマを扱う際の一つの方法をご教示いただいた。(RA 古莊)

 

UNIT4 学術講演 Buddhist and the Narrative Self(仏教と物語る自己)

ユニット4
開催日時 2012年4月18日(水) 13:15 ~ 14:45
開催場所 龍谷大学 大宮学舎清風館B103
講師 Mark Unno
Head, Religious Studies
Associate Professor of East Asian Religions
Department of Religious Studies,University of Oregon
※進行・レスポンス
鍋島直樹
龍谷大学文学部教授
参加者 25名(CHSR共同研究者、龍谷大学教員、大学院生)

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 文学・哲学の分野では、20世紀後半に物語論が盛んになり、リクールの「物語的自己同一性」の議論などを経て、「物語」が人間存在の基底をなしていることが認識されてきた。現在、仏教研究にも物語によるアプローチが取り入れられてきている。そこで、今回の特別講義では、オレゴン大学教授、マーク海野先生に「仏教と物語る自己」というテーマでお話しいただいた。

 まず、物語の構造についてお話しいただいた。物語の構造の本質は、物語の時間的連続性と、その連続性の断絶である。この断絶が物語に劇的な効果を生む。というのも、物語が断絶したとき、新しい物語を模索し再構築しなければならないからである。

 次に、西洋の物語論で類型化される物語の形式を、具体例を交えながら3つ紹介していただいた。それは、(1)告白の物語(調和→堕罪→罪の告白→罪の贖い→救い)、(2)人間の性や暴力を暴露することによって人間存在の曖昧性を顕わにする物語、(3)「騎士と王妃」「王子と王妃」の物語、である。

 このような西洋の物語に対し、日本には仏教文化に根差した物語がある。キリスト教の物語の中心が罪とその赦しであるのに対し、仏教の物語の中心は苦と苦からの解放である。大乗仏教、特に浄土真宗においては、業は個人の業ではなく、衆生が共にする共業であるため、苦と苦からの解放も衆生全体で、宇宙的規模で考えられることになる。

 ただ、人間は仏教の物語だけで生きるのではない。親鸞聖人においても、歴史的存在としての親鸞聖人の物語が、阿弥陀如来の本願という宇宙的規模の救済の物語と交差することによって、親鸞聖人の人生というユニークな物語が生まれた。現代の我々も、仏教の物語をそのまま生きることはできない。そこで、現代社会に制約された歴史的存在としての物語に、いかにして仏教の物語を交差させるかが問題になる。先生は、これら2つの全く異質な物語を繋ぐものが無我・空の思想であると指摘された。

 最後に、このような二重の物語を生きている人を、東日本大震災と原発事故に苦しむ被災地の人々を例にして語られた。先生によれば、彼らは、個人の物語に、家畜や自然の物語や、生活・仕事を共にしてきた共同体の物語を交差させて、自己を超えた物語を生きており、この自己を超えた物語の基底に、仏教をベースにした日本の文化が存しているという。

 質疑応答では、法話で自分のことを物語るとき、自己演出が加わって本当の自分の話ではないように感じてしまうという悩みや、「物語る自己」という視点で考えると「社会」への接点が失われるのではないかという疑問などが提示された。先生は、質疑応答の時間を30分以上設けて、質問者の問いに誠実に答えられた。「物語」をテーマにした講義のあとに、受講者の物語を真剣に受けとめた上で先生自身の物語を提示する、というやりとりが行われたことが、何よりも印象に残った。(RA 古荘)

UNIT4 公開講義 雨ニモマケズの心

ユニット4
開催日時 2012年1月19日(木)10:45~12:15
開催場所 龍谷大学大宮学舎 清和館3階ホール
講師 宮澤和樹 氏(株式会社林風舎代表取締役、賢治の弟である清六の孫)
聞き手:鍋島直樹(龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)
参加者 どなたでもご参加ください。
入場料無料、参加申し込み不要です。

 本講義は、研究展示「宮沢賢治の死生観―雨ニモマケズ―」の関連講義として開催いたします。会場の地図等は、研究展示のチラシ(宮沢賢治の死生観.pdf)の裏面をご覧ください。

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 宮澤賢治の実弟・清六氏の孫である宮澤和樹さんは、花巻市の花巻駅近くに、賢治の作品と文化を保護する(株)林風舎を経営し、賢治の精神や作品を後世に伝えるため、講演会や作品展示会を行うなど全国で活躍している。東日本大震災以降、鍋島センター長とともに被災地の方々と心の交流を続け、宮沢賢治直筆の「雨ニモマケズ」(複製)の額を、南三陸町の小中学校や町長、ご遺族に届けている。

 宮澤氏は、まず賢治の「雨ニモマケズ」が世に公開された経緯を話された。その話の中で、当初「雨ニモマケズ」は「11月3日」というタイトルで公開されたことを紹介して下さった。また詩の中に4ヶ所登場し、賢治が最も大切にした「行ツテ」という言葉の真意を説明された。賢治の手書きノートを見ると、詩に登場する「行ツテ」の言葉が、賢治の仏教信仰と関係しているという。

 また、賢治は感性豊かな人であり、ユーモアがあって新しい流行にも理解があった。鹿の革で作られたジャケットを着る賢治や、ベートーベンの真似をする賢治の写真を紹介し、賢治のひととなりを紹介して下さった。

 続いて、「雨ニモマケズ」の詩が、東日本大震災で被災した人々を大変励ましたことを紹介された。会場では、花巻出身の吉田道子さんが花巻弁で「雨ニモマケズ」を朗読された。

 その後、宮澤氏と鍋島センター長との対談が行われた。対談では、東日本大震災の宮城県に行って、賢治直筆の「雨ニモマケズ」の額を南三陸町長や故遠藤未希さんのご家族に届けたことについて語られた。

 新たな知見をいくつか挙げておく。

 一つに、「雨ニモマケズ」の詩は、闘病中であった自らを励まし、人々の幸いのために生きたいという賢治の志願があらわれているということである。

 二つに、災害や冷害に立ち向かう賢治のたくましさである。寒冷地である三陸地方周辺は、日清戦争直後から周期的な天災に見舞われていた。多くの人々が被災し、共に助け合わなければ生きていけないという状況の中で、他者の苦悩を身に受け止めていくという賢治の姿勢が育っていたということである。このような賢治のやさしさが、時代を超えて私達の心に届いている。

 

Unit4、特別講義「遺族への支援-弁護士の立場より」

ユニット4
開催日時 2011(平成23)年12月21日(水) 15:00~16:30
開催場所 龍谷大学大宮学舎清和館3Fホール
講師 佐藤健宗(さとう たけむね)先生
佐藤健宗法律事務所弁護士 関西大学社会安全学部客員教授
参加者 本講義は、大学院実践真宗学研究研究科生、教員、研究員のみで開催された。
主催:龍谷大学人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター
協力:龍谷大学大学院実践真宗学研究科

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 佐藤健宗先生は弁護士として、信楽高原鉄道事故、明石歩道橋事故、JR福知山線脱線事故などの遺族の支援に携わってこられた。今回の特別講義では、先生の遺族支援の経験を、先生ご自身が体験されてきたことを多く交えながらお話しいただいた。

 まず、信楽高原鉄道の事故に関わられた経緯と、遺族の方々とともに事故調査委員会の設立を求める運動を展開されたことをご紹介いただいた。当時日本には鉄道事故を調査して、事故原因を遺族に説明する、行政当局から独立した機関が存在せず、遺族の方々は事故原因について十分な説明を受けることができなかった。日本の刑事裁判制度では、遺族は軽視され、十分な説明を受けられなかったのである。佐藤先生と遺族の方々は、アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)に学びながら、日本に鉄道事故調査機関の設立を目指して活動を展開された。

 明石歩道橋事故では、警察に大きな責任があったため、警察の責任を追及するという困難があった。遺族グループが団結して法廷闘争を続けていくために、佐藤先生が回された合宿による勉強会などについて詳しくお話しいただいた。

 福知山線脱線事故については、特に、亡くなった方がどの車両に乗っていたか、ということの調査についてお話しいただいた。1両目、2両目で50名ほどの方が亡くなったため、乗車位置の特定は困難を極めた。しかし、遺族の方々の多くは、亡くなった方が事故の瞬間にどこに座っていたか、ということを知りたいと願われた。実際に乗車位置が判明した方は多くはなかったが、事故の負傷者が親身になって乗車位置の調査に協力してくださったことで、遺族の方々は孤立感から少し救われた。

 今回の特別講義では、特に遺族の方々の実像を新たに知ることができた。遺族の方の一般的なイメージは、悲嘆に暮れる人、感情的になっている人、悲しみのうちに閉じこもる人といったものだが、実際の遺族は必ずしもそうではなく、むしろそのような一般的なイメージに合わせて行動せざるを得ない状況に追いやられている、ということを知った。たとえば、笑ったりカラオケをしたりするのは遺族だけがいる場でしかできないことである。というのも、地元で笑顔を見せていると、近所の人に「薄情な人だ」、「お金をもらったから笑っている」などと思われるからである。だからこそ、佐藤先生は明石歩道橋事故の遺族と合宿をして、遺族がともに世間話をしたり笑ったりすることのできる場を作られたのである。

 また、信楽高原鉄道事故の遺族の方々は、家族の死を無駄にしないよう、事故調査委員会の設立のために精力的に活動された。このように、それぞれの「遺族」が異なるあり方をしており、異なる要望をもっているので、遺族の支援をする者はひとりひとりの遺族に時間をかけて向き合って、信頼関係を築いていくことが大切である、ということを教えられた。

(古荘)

 

第77回 仏教文化講演会 日本人の死生観と超越

ユニット4
開催日時 2011年12月5日 月曜日 10時45分~12時30分
開催場所 龍谷大学 アバンティ響都ホール
講師 カール・ベッカー氏
   (京都大学こころの未来研究センター教授)
   西洋医学の終末期治療等に対し、東洋思想の立場から「離脱体験」研究
を行い、全米宗教心理学からアシュビー賞を、1986年に国際教育研究会
 (SIETAR)から異文化理解賞を、1992年にボンベイ国際大学から名誉博士  
 号を授与された。

参加者 一般公開
入場無料
事前申込不要

レスポンス    鍋島直樹
                 龍谷大学文学部教授
               人間・科学・宗教ORCセンター長

                     玉木興慈
         龍谷大学短期大学部准教授
              人間・科学・宗教ORCユニット4副代表

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報告

カール・ベッカー先生は、私たちを日本人たらしめている考え方、生き方、死に方に焦点をあて、また日本人が古来より持っていた経験知、他界観、世界観に耳を傾けながら、「日本人の死生観と超越」について講義をしてくださった。

 現代における病の原因は、ストレスであるという。そのような現代社会において私たちの生き方を幸福にするためには、①健康、②帰属、③貢献という三つがカギになるといわれる。①健康には、自力と協調と他力がある。自力とは、運動をし、良質な睡眠を取って、日本食に代表されるようなバランスのとれた食事をすること、また日記をつけることで気持ちを文字にして 自問自答するという時間を設けることがストレス予防になる。協調とは、茶道・武道・華道などの日本の伝統的文化などにみられる一期一会という精神に通じ、心の接し方や協調性が養われることでストレス軽減へとつながる。他力とは、坐禅やお仏壇の前に座りながら亡くなった近親者を想起するという日本古来の瞑想方法によって、自力を超えた他力の世界に身を任せていくことであり、そのことで物事を素直に受け止めていくことができるという。②帰属とは、家庭や社会、自然への帰属意識を持つということで、生活の知恵と経験を体験していく中で、現実の諸問題を乗り越えていく術を身に付けていくという。③貢献とは、目の前の作業、労働に対して、歴史を実感し、伝統を重んじながら、責任や誇りを持って取り組むことであり、その中で大きな生き甲斐を感じていくことができるという。以上のような、①健康に対する態度、②伝統に息づく帰俗意識、③日本人の基本的心に染みついている貢献という三つの幸福な生き方のカギは、日本古来の知恵に耳を傾けながら、自己中心的ではない生き方を目指すところに共通性があると述べられた。

 続いて、古来より日本人が持ち続けている二つの超越的な視野についてお話しくださった。一つには、先を見通し長期的に物事を考えるという時間に関わる超越的視野であり、二つには、個人的空間に立ち止まらずに他者へと思いを馳せていくという空間に関わる超越的視野である。これら超越的な視野は、この世とあの世という日本人が昔から持っていた世界観、他界観と通じているという。ベッカー先生は、「あの世とこの世がつながっていることがわかれば、ものの見方が違ってくる。死に対する恐怖が変わってくる」と述べ、「日本人の超越的世界観とは、死を浄土への旅立ちと理解し、先祖との〔続く絆〕を実感する中で、先祖の知恵を頂戴していく」と語られた。

 最後に、「生老病死の苦悩ということは、科学だけでは応えきれないことがたくさんある。そのような中で、日本人が古くから培ってきた経験知、他界観、世界観を参考にすることが大切なことである」と締めくくられた。

 以上の講演を受けて、当センター長である鍋島直樹先生がレスポンスを行い、二つの質問を投げかけた。一つは、死の準備教育ではなく、死を理解する教育といった場合、「理解」とはどのような意味を持っているのかということ、二つには、東日本大震災において被災された方々の中で、未だ身内が発見されていないご家族、お葬儀を出せていないご家族がおられるが、このご家族に対してベッカー先生ならどのように接していかれるのかという質問であった。

 ベッカー先生は、一つ目の質問に対して、死を隠蔽し見ぬふりをする文化から、死をオープンにして語らい理解していく文化へと変えていくことが大切であると答えられた。また二つ目の質問に対して、遺骨という物質がないから駄目だとか、葬儀を終えていないから駄目だということではなく、最終的には亡くなられた方との心のつながり、「続く絆」の世界に私たちがいまいるのだということに気づくことが大切なことであろうと述べられた。そして、「続く絆」の世界において、時間をかけて耳を傾けていくという寄り添い方が必要になってくると語られた。

 最後に本講演で得られた新たな知見を挙げておく。日本人が古くより伝え持ってきた知恵は、ストレスを抱えた現代社会に生きる私たちの生き方を幸福にするためのエッセンスが凝縮されている。にもかかわらず、私たちはそのような伝統的な知恵に耳を傾けなくなった。今回の公演を聞いて、改めて反省する機会を与えて頂いたように思う。また、伝統的な知恵に耳を傾けていくということは、日本人が持っている世界観、他界観と密接に関連している。あの世とこの世という日本人独自の世界観の中で、先祖との心のつながり、「続く絆」を実感していくことは大切なことである。その「続く絆」の中で伝統的な知恵を頂いていくということ、そのことの大切さを改めて学ばせて頂いたように思う。

(RA 北岑)

UNIT4 研究対談会 仏教と心理療法の実践的接点

遍路セラピーと真宗法座

ユニット4
開催日時 2011年11月30日(水)16:45~18:15
開催場所 龍谷大学大宮学舎清和館3階ホール
講師 【ゲストスピーカー】
         大阪経済大学教授 大学院人間科学研究科長
        黒木 賢一 氏
※黒木氏は臨床心理士でもあり、特にご自身も行じられた経験を元に、「遍路 セラピー(四国遍路と心理療法の接点)」に取り組んでおられます。

【コーディネーター・聞き手】
         龍谷大学文学部教授 
        吾勝 常行 氏  
参加者 CHSR共同研究者ならびに吾勝ゼミ「社会実践演習Ⅲ」の受講生と実践真宗学研究科の大学院生を対象に開催いたします。

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 本研究対談会では、はじめに黒木賢一先生に四国遍路と心理療法との接点についてご講演いただき、次に黒木先生と吾勝常行先生との対談が行われ、最後に質疑応答が行われた。

 黒木先生のご講演では、ユングやケン・ウィルバー、あるいは多くの宗教学者を参照しながら、①四国の歩き遍路の体験が徳島から高知、愛媛、香川と円環構造をなしており、西欧における巡礼の直線的なあり方と性質を異にしていること、②自己変容を促す要因として非日常性・苦行性・神聖性の3つが取りあげられ、これらの要因が歩き遍路の体験の中で身体化され、精神・魂・自己を深化させること、などが考察された。

 ご講演の後、黒木先生と吾勝先生が、それぞれ心理療法と真宗法座という立場から対談された。①心理療法においても真宗法座においても、体験を通して身体化された語りによって、自己が変容し、他者や法と深いところでつながるということ、②治療者とクライアント、あるいは僧侶と門徒というタテの関係だけでなく、同じ心理的問題の体験者同士、門徒同士のヨコのつながりが、核家族化した現在には必要である、といった点で意見の一致が見られた。

 立場を異にする両先生の対談でこそ生み出された知見がいくつもあった。特に、門徒さん同士のヨコのつながりを形成するにあたって、非日常性や身体性が重要であるという指摘が重要であった。心理療法の現場では、カウンセリング・ルームという非日常の空間において、クライアントに普段話さないことを話していただくことによって、クライアントに何とか生き延びていく道を見つけてもらおうとする。また、遍路セラピーでは歩くこと、身体の運動や体験を通して自己の変容が起こりうる。このことを真宗法座に置き換えて考えれば、次のようになる。現在、門徒さん同士の会話が日常会話に終始しているが、法座という場に非日常性を設定することや、法座に身体性を取り込むことによって、自己の変容や他者との深いつながりが法座において実現するのかもしれない。このような法座のあり方は、行き過ぎてしまうと一種のカルト宗教のようになる危険性もあるとはいえ、新たな真宗のあり方を示唆しているものでもあるだろう。心理療法と真宗法座という二つの立場からの対話によって、実り豊かな成果が得られた研究対談会であった。 

(古荘)

 

 

 

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