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研究活動

シンポジウム「祈りの心―東日本大震災に宗教はどう向き合うかー」

ユニット4
開催日時 2011年5月7日(土)午後1時30分~午後6時
開催場所 東北大学片平さくらホール(仙台市青葉区片平二丁目1-1)
参加者 215名

プログラム

講演1 龍谷大学教授 鍋島直樹 氏

「仏教者の立場からみたグリーフケアの役割・可能性」

コメント:石巻 洞源院住職・避難所 小野﨑秀道氏


講演2 上智大学グリーフケア研究所長 高木慶子氏

「キリスト教者の立場からみたグリーフケアの役割・可能性」

コメント:気仙沼 気仙沼キングスタウン施設長 森正義氏


講演3 東京大学教授 島薗進氏

「スピリチュアルケアと悲しみから生まれる力―死生の文化の継承と再創造」

司会 上智大学グリーフケア研究所主任研究員 小西達也 氏 

開会ご挨拶「心の相談室」を支える会会長 吉永 馨 氏

宮城県宗教法人連絡協議会会長 齋藤軍記 氏
総合アピールWCRP日本委員会評議員 薗田 稔 氏
閉会ご挨拶 「心の相談室」を支える会会長 吉永 馨 氏

開催主旨

東日本大震災では、宮城県に限った死者だけでも2万人にのぼると予想されている。これまでの日本では、死者の弔いは宗教者の責務と位置づけられてきた。しかし今回のように未曾有の大量死に直面した時、その弔いは宗教者にとって、宗派教派を越えて広く手を結んで取り組むべき大きな課題となっているものと思われる。
本公開講演会では、まず初めにグリーフケアの研究に従事されてきた先生方に仏教者とキリスト教者の立場からその役割や可能性をお話しいただく。次にそれらのご講演内容について、今回の震災の渦中にあって実務的に活動されてきた仏教者、キリスト者の方々からコメントをつけていただき、さらにはフロアからもいろいろとご意見を頂戴して議論を深めたいと思う。最後に、それまでの議論を踏まえながら、宗教学の立場にたって、宗教のもつスピリチュアリティの可能性について東京大学の島薗教授におまとめいただく。

 「心の相談室」では、このような宗教者による弔いの可能性を、啓蒙的に共有しながら、ご遺族に対する包括的な支援を提供する仕組みを構築していきたい。なお、この会の活動は個別の宗教や宗派教派の布教活動として行われるものではなく、人間にとっての宗教・宗教性の意味を、学術的な角度から、一般社会に広く理解していただくための活動として行われる。

(東北大学)

主催 東北大学「心の相談室」
後援 世界宗教者平和会議(WCRP)他多数
実行委員長  東北大学教授 鈴木岩弓氏(宗教学)
 

賛同者

井上ウィマラ 高野山大学文学部准教授
大河内大博 上智大学グリーフケア研究所講師、ビハーラ21事務局長
大下大圓 飛騨千光寺住職、臨床スピリチュアルケアワーカー
岡部 健 医療法人社団爽秋会理事長、日本緩和医療学会被災者支援委員、東北大学医学部臨床教授
小野照子 臨床パストラル教育研究センター東北ブロック代表
柏木哲夫 淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授、金城学院大学学長
金田諦應 曹洞宗通大寺住職
鎌田 實 諏訪中央病院名誉院長
川上直哉 日本基督教団仙台市民教会主任担任牧師
木村敏明 東北大学准教授、日本宗教学会理事、「宗教と社会」学会常任委員
小西達也 上智大学グリーフケア研究所主任研究員、日本スピリチュアルケア学会理事
齊藤軍記 宮城県宗教法人連絡協議会会長、天理教多賀城分教会会長
信楽峻麿 元龍谷大学学長
鈴木岩弓 東北大学教授、日本宗教学会常務理事、印度学宗教学会会長、東北民俗の会会長
髙田英彦 浄土真宗本願寺派東北教区現地緊急災害対策本部長・東北教区教務所長
高橋卓志 臨済宗神宮寺住職
谷山洋三 臨床スピリチュアルケア協会事務局長
千葉博男 宮城県神社庁庁長、宮城県宗教法人連絡協議会副会長、竹駒神社宮司
出村和子仙台いのちの電話 理事長
戸枝慶子 仙台YWCA理事長
殿平 真 西本願寺震災支援ネット
日野原重明 聖路加国際病院理事長・同名誉院長、聖路加看護学園理事長、財団法人ライフ・プランニング・センター理事長、新老人の会会長
森田成美 真宗大谷派現地災害救援本部・仙台教務所長
森山英子 仙台傾聴の会 代表
山形孝夫 元宮城学院女子大学学長
吉永 馨 東北大学名誉教授、仙台ターミナル・ケアを考える会会長
和田美稚子 仙台白百合女子大学学長新聞記事

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成果概要報告

3月11日東日本大震災以降、東北や東京を中心に、日本を動かす大きな学術的連携や交流のうねりがある。5月7日、東北大学宗教学研究室が本部となり、心の相談室設立記念講演会「祈りの心―東日本大震災に宗教はどう向き合うか―」が開催された。関東や仙台市内の医師やカウンセラーや僧侶たちが約230名集まった。この公開講演会開催に際して、東北大学の鈴木岩弓教授を初めとする先生方から依頼があり、東日本大震災における弔いの意義と心のケアを考えるシンポジウムで、私も講演させていただくことになった。

 講師には東京大学教授・島薗進氏、上智大学グリーフケア研究所所長・教授・高木慶子氏も迎え、震災の現地で日々被災者と向きあっている、気仙沼キングスタウン(プロテスタント)施設長の森正義氏、石巻・曹洞宗洞原院住職の小野﨑秀通氏を交えて討論をおこなった。深い悲しみから真実の絆や思いやりが生まれる。そこに弔いと心のケアの意義がある。島薗教授をはじめとする講師、代表者の視座は、多くの来場者の共感をえた。

  人の悲しみを理解するためのマニュアルは必要ない。相手を理解しようとする気持があればいい。例えば、読経、法要を継続するなかで、被災された方の声に耳を傾けることが、少しずつ心を開き、慰めることにつながる。各宗派の本山で追悼法要を勤めることも、義捐金を集めることも、被災地の住民を受け入れることも、被災地現地に赴いて支援を行うことも、すべてに意味がある。すべての支援活動を相互に認め合い、尊重しあうことが大切であることを提言した。

 このシンポジウムで新たに得た知見は、島薗教授の提言に象徴されるように、「悲しみから生まれる力」の意義である。伝統的な死生観、弔いの文化の継承と再創造が重要な課題であると強く感じた。この深い悲しみを縁として、世界や日本が学術的にも、宗教的にも、医療的にも、一つに団結して、困難を乗り越えようとしている。それこそが未来への希望となるだろう。(鍋島)

公開講演「災害支援ボランティア活動ー東日本大震災の宮城を訪ねて」

ユニット4
開催日時 2011年4月25日(月) 10時45分~12時15分
開催場所 龍谷大学大宮学舎東黌205教室
講師 報告者
川端勝・岩田彰亮・西池深音(実践真宗学研究科大学院生)
鍋島先生(文学部教授、人間・科学・宗教ORCセンター長)
コーディネーター
吾勝常行(文学部教授、人間・科学・宗教ORC Unit4副代表)

開催主旨

東日本大震災において、亡くなった方々お一人おひとりに哀悼の意を表し、被災されたすべての方々に謹んでお見舞い申しあげます。この特別講義は、本研究プロジェクト「死生観と超越」の目的に鑑み、深い悲しみと不安のつづく東日本の復興を皆様と共に心から願い、開催いたします。

 災害ボランティア活動は、ボランティア本人の自発的な意思と責任により、被災地での活動に参加・行動することが基本です。そこでまず、私自身が個人の意思で、被災地の情報を収集し、現地の警察や災害対策本部とも相談し、災害支援として、現地に行くことを決心しました。活動拠点は、西本願寺社会部葛谷部長らが、3月11日震災直後に、京都から東北に現地入りして、仙台市内の元幼稚園に設置した災害ボランティアセンターです。

 今回の支援には、本学の総務課、入試課、学長室広報、宗教部、教務課など有志の方々が協力してくださり、貴重な龍谷グッズを提供いただきました。おかげで、タオルハンカチ、お念珠(腕輪ブレスレット)、風呂敷、ボールペンなどを、避難所の方に届けることができました。

 4月7日夜に出発し、北陸・新潟を経由して、福島、宮城へ約900キロ、13時間。最大余震6強のあった日でした。私が現地に赴くと、すでに、本学大学院実践真宗学研究科の院生や浄土真宗本願寺派北海道教区の僧侶たちが、3月中旬から現地入りしていました。
 私自身は、大学院生とともに、警察や町役場の許可を得て、「遺体安置所でのおつとめ」(4月8日)、「避難所への物資支援」(8・9日)、「自衛隊・西本願寺との協力による炊き出し」(10日)をさせていただきました。警察の理解を得て、グリーフケアとして、冊子『死別の悲しみと生きる』を遺体安置所などに置かせていただきました。気仙沼の南三陸町をはじめ、みわたすかぎり瓦礫がつづく町に、涙も声もでませんでした。避難所で、お念珠、ボールペン、おもちゃを受け取った時の、子どもたちの笑顔が救いでした。支援したい私たちが、被災された方々に支えられていました。

   この講義では、災害支援ボランティア活動に携わった同志の報告を通して、生死の悲しみをありのままに見つめ、その悲しみに寄り添い、大切なことをともに学びたいと思います。復興への長い道のりが始まりました。支えあい、思いやりあうところ、きっと日本は復興すると信じます。皆様と共に、今後の活動につなげていきたいと願っております。
 

                                                     人間・科学・宗教ORCセンター長 鍋島直樹

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本講演では、東日本大震災の被災地で実際に災害ボランティア活動に携わった5名(1名は文章による報告)の方々に、被災地の現状とボランティア活動の内容についてご報告いただいた。

 川端勝氏のご報告では、最初に、ボランティア活動に参加することへのためらいが語られた。「現地に行って活動することの意味は何か、自己満足や偽善に過ぎないのではないか」、といった葛藤を経て、「考えるよりも現地に行ってみよう」と決心されるに至る過程が丁寧に述べられた。次に、実際に被災地に赴くことで見えてきたことを2つ報告された。一つは、テレビの映像を見ているだけでは感じ取れない現地の風や臭い、音を体験し、荒涼とした風景の中に身を置くことが重要だということである。このような体験が自分自身の中で反芻されることによって、被災という現実に深く関わることができ、息の長い支援活動を続けることができる。もう一つは、ボランティア活動を行ううえで、人と人との関わりが重要だということである。同じくボランディア活動に携わる人々との出会いのなかで、新たな活動が生まれ、支援の輪が広がっていくのである。

 岩田彰亮氏のご報告で最初に語られたのは、ボランティア活動を開始するまでの困難であった。被災地に行くことが迷惑にならないのか、というようなためらいを感じつつも、岩田さんは地震発生直後からボランティア活動の募集の情報をお探しになっていた。多くの人とのつながりの中で、ボランティアの人員が不足している地域を見つけ、被災地へと赴かれた。次に語られたのは、被災地やボランティア活動の現実についてであった。見渡す限り瓦礫の山の南三陸町では、多くの方が知人や親類を失っている。このような現実に言葉が出なかった、と岩田さんは述べられた。最後に、このような活動を通して、改めて生きることの意義を自分自身に問うこととなった、と語られた。

 鍋島直樹(人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)、西池深音氏のご報告では、とりわけ二点が印象に残った。ひとつは、被災地の市町村職員、警察官など、被災者のために尽力されている方々が極めて誠実にお仕事をされており、そして本当に疲れている、ということである。このような方々にとって少しでも心の支えになれるよう、継続的に現地に赴いて支援をする必要があると述べられた。もうひとつは、お二人が「現地の子供たちの笑顔で、自分たちが元気をもらった、支える私たちが逆に支えられていた」と述べられたことである。助け合いながら懸命に生きる被災地の方々の姿に、お二人は支え合う人間のあり方を再発見された。

 これらの活動報告は、一人一人が自分にできる支援を考えていくための指針となるだろう。また、この未曾有の事態において仏教・浄土教の立場から実践するということの意義をUNIT4の研究として考える際に、これらの活動報告は重要な示唆を与えるものと思われる。

(RA 古荘)

特別講演「ホスピス・緩和ケアとは」

ユニット4
開催日時 2011年4月26日(火)15:00~16:30
開催場所 龍谷大学大宮学舎 清風館B103号室
講師

月江教昭 氏 医師(循環器内科、緩和ケア)、あそか第2診療所(ビハーラクリニック)

人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターUnit4主催

入場料無料 参加申し込み不要

どなたでもご参加ください

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 本講演では、ビハーラクリニックで実際に緩和ケアに携わっている月江教昭先生をお招きして、ビハーラケアの理論と実践についてご教授いただいた。ご講演は二つの部分に分かれていた。前半では、ビハーラケアの理論が講義され、後半では、受講者を2,3人のグループに分けてロールプレイを行った。このロールプレイは、医療従事者向けの緩和ケア研修プログラムを月江先生がビハーラ僧養成用にアレンジされたものである。
 まず、前半の講義部分では、緩和ケアの考え方、末期ガンについての基礎知識、スピリチュアリティ・スピリチュアルペイン・スピリチュアルケアという概念の定義、宗教的ケアとスピリチュアルケアとの差異、ビハーラケアの考え方、医療と仏教との関係、等々が講義された。とりわけスピリチュアリティを価値判断の基準となる「拠り所」、スピリチュアルペインを「拠り所の喪失・崩壊に伴う痛み」、スピリチュアルケアを「新たな拠り所の構築の援助・支援」ときわめて簡潔に定義されたことが印象深かった。この定義は日夜ビハーラケアの実践に取り組まれている月江先生だからこそできたものであり、UNIT4の研究の中からはなかなか出てこないものであろう。月江先生から重要なご示唆を頂いた。
 後半では、実際のビハーラケアでしばしば生じる3つのシナリオを題材に、ビハーラ僧の役とケアされる人の訳に分かれてロールプレイを行った。各ロールプレイ終了後にはフィードバックの時間が取られた。この中で月江先生が強調されたのは、ロールプレイがうまくいったかどうかが重要なのではなく、とにかく経験してみることが大切だということである。ロールプレイを行う目的は、"知っていること"と"できること"が違うことであると認識するためであり、決して批判したり責めたりせず、安心して失敗するように、とのご指示があり、受講者も先生の意図を汲んで、積極的にロールプレイに参加されていた。この講演で、UNIT4の理論的な研究だけでは得ることのできない実践の知に触れることができたように思われる。(RA 古荘)

中村久子女史と歎異抄―生死観と超越

CHSR新春学術講演

ユニット4
開催日時 2011年1月13日(木)10:45~12:15
開催場所 龍谷大学深草学舎1号館111教室
講師 鍋島直樹(龍谷大学法学部教授)

[開催主旨] 私はいったい何のためにここに存在しているのだろう。人は大事にしていたものを失って、未来が見えなくなった時、自己の存在基盤がすべて壊れてしまうことを体験する。そして解決の糸口さえ見出せない苦しさの中で、人は本当に大切なものが何であるかに気づき、真実の生き方を強く希求する。この講義では、人が、苦しい現実の中で、どのように生きていけばよいのかについて、中村久子女史の生涯と思想に学び、彼女を支えた親鸞の思想に聞く。

 

<中村久子女史の紹介> 中村久子女史(1897-1968)は、三歳で突発性脱疽がもとで両手両足を失い、一時は失明の苦しみまで経験した。やがて生活のために見世物小屋で働き、逆境の中でひたむきに読書、裁縫、書道等に打ち込むことによって、少しずつ自立していった。両親を亡くし、弟とも死別する悲しみの中で、彼女は天理教、無我愛、キリスト教などさまざまな宗教に出あったが、最終的には、歎異抄に震えるような感動を覚えた。ヘレンケラー女史は、中村久子女史を「私よりも不幸な、そして私より尊い人」と称えた。その苦しみの中で見出した救いについて、中村久子女史は次のように表現している。「手はなくも足はなくとも みほとけの袖にくるまる 身は安きかな」「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない。」「どんなところにも生かされていく道はございます。」このような中村久子女史の言葉は、逆境に追い詰められた人々を力強く支え、生かされている尊さを示しているだろう。

 

※この公開講座は、「歎異抄の思想Ⅱ」(木・2)の特別授業として開催します。

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本講演は、中村久子女史と『歎異抄』―生死観と超越というテーマを設定し、『歎異抄』によって影響された中村久子の一生を三つの時期に分けて紹介した。

 突発性脱疽により3歳で両手足を失った久子が、生死苦悩を超える道を模索していく中で、数多くの宗教の中から仏教に出遇っていった。そして、講演の中では、特に『歎異抄』の教えによって苦悩を引き受け、力強く一生を歩んでいった久子の生き様が紹介された。

 生死の苦悩を越える道の第一期は、脱疽により両手足を失った久子が頼りとしていた実父との死別を経験し、両目失明という苦しみを経験した子供時代から、自立するために見世物小屋で働き始めた20歳頃までの間である。この時期の久子は、ひたむきな努力により、肉体的・精神的な苦痛を乗り越えて自らの力で生き抜く術を身に付けていった。また、書道家沖六鳳氏や座古愛子氏との出遇いもこの時期のことである。

 第二期は、ヘレンケラー女史と出会った翌42歳の時、福永鷲邦氏の勧めにより『歎異抄』と出遇うことで、念仏者として生きる道を確立していく時期である。自らの力で生きる道を切り開いてきた久子の自信は、いつしか傲慢へと変わり、新たな苦しみを生み出していった。そのような中で出遇った『歎異抄』は、久子に多くの事を気づかせていく。現実をすべて引き受けたとき、み仏の慈悲に抱かれ、逆境の中でこそ「いのち」は煌めいていくのである。

 第三期は、親鸞の説く他力の教えに導かれながら、執筆活動・講演活動などを積極的に行っていった時期である。ここでいう他力とは、あることへの感謝である。久子は、自分にはない手足を嘆くのではなく、自分にあるものを見つめ、感謝するようになった。そこで感じた幸せを『ある ある ある』という詩で表している。

 

ある ある ある

 

さわやかな

秋の朝

 

“タオル取ってちょうだい”

“おーい”と答える良人がある

“ハーイ”とゆう娘がおる

 

歯をみがく

義歯の取り外し

かおを洗う

 

短いけれど

指のない

まるい

つよい手が

何でもしてくれる

断端に骨のない

やわらかい腕もある

何でもしてくれる

短い手もある

 

ある ある ある

みんなある

さわやかな

秋の朝

(RA胡)

悲嘆と再生-がんに妻を奪われた専門医-

ユニット4
開催日時 2010年12月12日(日)14:00~16:00 参加費用500円
開催場所 龍谷大学大阪梅田キャンパス (JR「大阪駅」桜橋出口徒歩4分)
講師 垣添忠生さん(国立がんセンター名誉総長)

仏教の生死:パラダイム論的省察

ユニット4
開催日時 2010年10月26日(火)10:45~12:15
開催場所 龍谷大学 大宮学舎南黌203教室
講師 ロナルド・Y・ナカソネ氏(GTU, Professor, Buddhist Ethics / Stanford Geriatric Education Center,Stanford University Medical School)

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今回の特別講義は『仏教の生死:パラダイム論的省察』をテーマにし、長年アメリカで死生観に関わる問題に取り込んでおられるロナルド・Y.ナカソネ教授によってご発表いただいた。戦争被害者の話を紹介されながら仏教死生観について問題を投げかけられた。仏法の再考と思索のパラダイムについて弁証的に論じられた。

 数多くの原爆被爆者とのインタビューを行った心理学者のロバート・ジェイ・リフトンは、死を超越することを説くさまざまな宗教的思想を含め、いかなる思想も、被害者が自分の被爆体験を理解するための力とはなり得なかったという恐ろしい結果を見出した。ナカソネ先生も元「従軍慰安婦」のセオ-ウーン・ジェオン氏にインタビューし、他の人間たちが彼女に対して行った残酷な行為は、彼女から人間存在の合理性と人間的意味に対する信仰を奪い去ったと指摘した。何世紀もかかって築き上げられた仏教と儒教にもとづく文化や教育が、たった数年間の軍国主義によって、なし崩しにされてしまったという事実に気付いた。そこで、ナカソネ先生は「どのような仏法の教えの中に、被害者は、生きる力と心の癒しを得ることが出来るのでしょうか」と問いかけられた。

 ナカソネ先生は、仏法が今後も引き続いて、現実に関与し続けられるかどうかは、科学や技術の発展と、進化しつつある出来事に対応しながら変化していく人間性のヴィジョンについて、仏教者が再考しつづける力量を有しているかどうかにかかっていると述べた。

また、仏教的思考のパラダイムに関しては、「曖昧性」と「不確実性」が提示された。具体的には、十玄門とそれを支える仮定(継続的流動性と複合的中心)が、決定的な判断と意味のある比較を確立する事ができるための時間的または空間的固定性を回避するのである。

例として、1997年に制定された臓器移植法にある複数の死の概念が挙げられる。例えば、脳死の判定は臓器提供者とその家族の間の合意によるものなど。この法律は、日本人が、脳死と臓器移植という最近現れた概念に対して持つ相矛盾する感情と、それを何とか受け入れようとする気持ちを反映しているのではないかと推測された。さらに、「パイの物語」という例をあげて宗教には絶対性ではなく相対性が求められるのではないかと推論された。

 全く新しい状況に直面した時、また古い思考法や行動の仕方が、もはや満足できる答えを与えてくれない時、私たちは解釈学的想像力を拡大し、古い概念のパラダイムから、さらなる知見を絞り出す努力をする必要があると述べ、“think outside the box”が必要になってくると結論された。(RA胡)

 

日本の終末期医療におけるスピリチュアルケアと宗教的ケア──ビハーラ僧とチャプレンの宗教間対話より

「死生観と超越 ─仏教と諸科学の学際的研究」 公開講座

ユニット4
開催日時 2010年7月22日(木)9:00~10:30
開催場所 龍谷大学 深草学舎 顕真館
講師 浜本京子(日本バプテスト病院チャプレン)
森田敬史(長岡西病院ビハーラ棟 ビハーラ僧)
参加者 コーディネーター: 打本未来(龍谷大学非常勤講師 愛染橋病院チャプレン)

【開催主旨】
 日本バプテスト病院チャプレン浜本京子先生と長岡西病院ビハーラ病棟でビハーラ僧の森田敬史先生をお招きし、終末期の患者様へのスピリチュアルケアと宗教的ケアについて実践を交えてお話いただきます。
 スピリチュアルケアと宗教的ケアはいまだ混同されることが多く、その違いや共通点も
まだ理解されているとは言いがたい現状です。
 キリスト教を基盤とする病院、仏教を基盤とする病院という違いが、それぞれの終末期
医療の現場でどのように活かされているのかについてお話いただきたいと思います。死にゆく人のために今、日本で何ができるのか、仏教とキリスト教が宗教の違いを超えて、ご対談いただきたいと思います。

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 講演会では、日本バプテスト病院チャプレンの浜本京子先生、長岡西病院ビハーラ棟 ビハーラ僧の森田敬史先生によって具体的な活動内容や経験を提示されながら、スピリチュアルケアと宗教的ケアに関する対論が行われた。

 両先生は実際に病院内で活動されていることもあり、医師、看護師、そしてチャプレン、ビハーラ僧が「生」や「死」の場面に直面し、また、身体的にも精神的にも多様な悩み、苦しみと向き合われているのかがよく理解できた。その中で、両先生が共に主張されたことに「関係」の構築というものがあった。これは、患者さんとの「関係」だけでなく、病院内での「関係」の構築といった広い意味を持つが、そうした「関係」の中で、スピリチュアルケアが行われているということは、「縁起」を説く仏教に対してもその活動が重要な提言となりうると思われる。

 そうした中で、「宗教的ケア」では、そのような「関係」の中に神や仏が入ってくるということであったが、病院内では宗派の違いや、特定の宗教をもたれない方とも接していくが、そこに何ら不利益も問題もないと言われた。これは、コーディネーターの打本先生が指摘された、「宗教」と「スピリチュアリティ」の関係や捉え方と関わる事柄であるだろう。

 最後に、3名の先生方はそれぞれに「宗教的ケア」の必要性を述べられていたが、その理由として「死」を直接経験していない人が、「死」に直面する方の話を聞く、という行為を挙げられていたことを新たな知見として提示したい。打本先生は、宗教は「死や死後の世界に対する答え」を持っていると指摘されたが、これまで宗教で問題とされていた事柄が、現代の医療現場において必要性を訴えられていること、現に実践をされている先生方から提示されたことは、今後さらなる研究が進められるべき論点の提示だと受け止められる。(PD岡崎)

臓器移植をめぐる死生観と生命倫理

「死生観と超越 ──仏教と諸科学の学際的研究」UNIT4・特別講演

ユニット4
開催日時 2010年6月29日(火)10:45am~12:15pm
開催場所 龍谷大学大宮学舎 南黌203( 京都市下京区七条通大宮東入大工町125-1)
講師 中西健二(元・社団法人日本臓器移植ネットワーク 臓器移植コーディネーター 人間科学博士)
参加者 レスポンス: 黒川雅代子(龍谷大学短期大学部准教授)
モデレーター: 鍋島直樹(龍谷大学教授)

【開催主旨】
 臓器移植とは一つの医療技術ですが、臓器移植という技術が広く社会に受け入れられるには、医学だけではなく、法律学、哲学、社会学、宗教学、心理学など様々な学際的アプローチが必要不可欠です。当日は日本における臓器移植の現状を報告するとともに、臓器を提供する人、移植を受ける人、そこに関わる医療従事者や移植コーディネーターの声を紹介し、臓器移植が抱える課題について皆さんと一緒に考えたいと思います。

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 本講演では、臓器移植に関する基礎知識や歴史、海外と日本国内の現状比較などについて紹介された。また、日本国内の現状に関しては、臓器移植法の改正法における誤解されやすいところや最近の調査での新たにわかった結果をメインとして紹介された。
 世界初の心臓移植が行われた一年後の1968年に、日本初の心臓移植が行われたが、法律の不整備などによって一時期医療界でタブー視された。1997年に脳死での臓器移植を認める臓器移植法が成立し、去年、改正法が通過した。しかし、法整備がされた現在でも臓器移植のケースが海外と比べてまだまだ低い数字のままである。
  その理由を調査の結果からいくつか説明された。まず普及啓発の問題、及びコーディネーターの不足が指摘された。海外ではコーディネーターの数も多く、役割分担も細かくされているのに対して、日本においてはまだまだ足りないところがたくさん残っている。例えば、日本全国の臓器移植コーディネーターは28人に留まり、2人で9県の仕事を担当する場合も生じている。そのため、人々への臓器移植に関する知識の普及啓発は低い水準に留まり、臓器提供希望率はまだ高くない。次に移植システムの問題が説明された。臓器提供を行うことのできる4類型施設を中心とした1,634施設へのアンケート調査によって、脳死下臓器提供が進まない理由が3つ浮かび上がった。一番目の「家族の申し出がない」は上記に述べた普及啓発につながるが、二番目の「脳死判定をしない」と三番目の「院内体制が整備されていない」ともシステムに関連する問題となっている。
  また、ドナー家族への調査から見ると、「体の一部分をどこかで生きてほしい」と願って提供を決めた家族が日本では最も多かった。それは国民の仏教信仰にも関連するのではないかと推測された。
  最後にドナー家族の死別悲願への対応について紹介された。ドナー家族の精神的健康は臓器提供をしていない突然死遺族とほぼ同じ(黒川,2009)とする調査結果や、臓器提供に対する満足度は精神的健康と有意な相関関係にあるなどの調査結果が出ていることから、ドナー家族へのアフター支援も大事であることが説明された。
  講演会を聞いた方々からもらったアンケートを見ると、「これをきっかけに臓器提供や移植などについて始めて真剣に考えた」といった意見がたくさんあった。(RA胡)

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