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研究活動

第2回 全体研究会のお知らせ

ユニット2
各ユニット共通
開催日時 2011年11 月10 日(木)15:00~17:20
開催場所 龍谷大学 深草学舎 至心館2 階 パドマ大会議室
参加者 CHSR共同研究者

第1部 15:00~16:00
センター長あいさつ 鍋島直樹センター長 10分

【発表】
胡 暁麗(CHSR 博士研究員) 20 分
“Religiosity and Suicide among Chinese Rural Young People”
「中国農村部における若者の宗教性と自殺―量的調査に基づいて―」

岩田 真美(龍谷大学文学部講師・CHSR ユニット2研究員) 20 分
「幕末期真宗僧のキリスト教観―超然の護法論を手がかりに―」

【レスポンス】
高田 信良(龍谷大学文学部教授・CHSR ユニット2 代表) 10 分
休憩10 分


第2部 16:10~17:20

【発表】
鍋島 直樹(龍谷大学文学部教授・CHSR センター長) 20 分
仏教死生観デジタルアーカイブ研究成果 デモンストレーション他
全体意見交換会 50分

○ 司会:第1 部 高田 信良
      第2 部 井上 善幸

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 第1部で岩田真美先生がご発表された内容について報告する。
 幕末から明治維新期にかけて、仏教界は危機的状況を迎えた。廃仏毀釈、あるいはキリスト教の流入といった現象が、当時の仏教界には大きなインパクトを与えた。
 一般に護法論には、キリスト教排斥のイメージが色濃い。しかし、先生は、「自他認識」という側面から護法論を捉えることを提案された。というのも、近代仏教についての解説の多くが、廃仏毀釈や神仏分離という言説にまとめられ、それでは、近世から近代へのプロセスを断片的にしか捉えられていないからである。仏教が近代化する過程で、護法論は「対外論争」よりも、「自他認識」に置き換えて捉えることで、近代仏教のダイナミズムが見えてくるという考えに基づく視点である。
 発表では、越然という僧侶による護法論の資料(『護法小品』『斥邪二筆』『寒更霰語』)をみてゆかれた。『護法小品』は、僧侶が儒学者に自分の護法論の批評を頼むという点で、極めて珍しい形の護法論である。『斥邪二筆』は、『斥邪漫筆』の続編で、本書には中国明末の僧侶や儒者による排耶論のみならず、中国語のキリスト教書を参照して、カトリックとプロテスタントの違いを明らかにしようとしている。『寒更霰語』は、聖書などを典拠として、カトリックとプロテスタントとの違いに言及している。
 超然に代表される護法論の特徴は、これまで排斥すべき「敵」として設定されていた他の宗教や文化現象を、「理解」するかたちで、自己内部から変革しようとした作用であったといえる。この運動は、やがて、本山組織の旧体制の解体や、仏教の革新、教団改革運動へとつながっているということが指摘できる。

【新たに得た知見】
 日本仏教が近代化する過程で、「自他認識」というかたちの護法論が存在したという興味深いご発表であった。
 「自他認識」は、極めて実現困難なアプローチであるかに思える。相手を真に理解しようとし、自らが内省の姿勢をもって、自己解体し変化してゆくというプロセスは、非常にストレスの多い作業である。なぜなら、これは自己自身の中心軸の変容をも含有するからだ。一般には、こうしたアプローチより、自己の外部に敵を設定し、それを排斥するという形で自己保全をする仕方の方が、手短な自己確認手段である。この作業は、政治的というよりも、宗教的な作業でさえあるように思える。
 ユニット2の研究課題である「諸宗教との対話」の一つの方法論的視座の現実性が、イメージとして浮かぶように感じた。(RA本多)

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