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Research Activities

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Unit 1 and Unit 4, Exhibition "Narratives Transcending the Realm of Living and Dying"

Date June 7-July 22, 2011, 10:00-16:00
Place PADOMA, 2nd floor of Shishin Building, Fukakusa Cumpus, Ryukoku University

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テープカット
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ご来賓による展示品解説
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デジタルアーカイブ研究閲覧システムの説明

【オープニングセレモニー報告】

 2011年6月7日、13時より研究展示「生死を超える物語―仏教死生観デジタルアーカイブ研究閲覧システム―」オープニングセレモニーが行われた。開館に際して、龍谷大学田中則夫副学長および鍋島センター長の挨拶があった。ご来賓として、デジタルアーカイブ研究閲覧システムに収蔵されている史料をご提供いただいた浄土真宗本願寺派善興寺の若院飛鳥寛静様、妙好人石見の才市顕彰会安楽寺の御住職梅田敦敬様をお迎えした。また初公開となるデジタルアーカイブ研究閲覧システムの紹介と操作説明のデモンストレーションが行われた。  

 引き続き、ご来賓の方と当センター研究員による展示品解説が行われた。善興寺若院飛鳥寛静様より、棟方志功画「御二河白道図」についてご解説をいただき、棟方がこの絵を描いた由来等を紹介された。また、石見の才市顕彰会安楽寺御住職梅田敦敬様より、才市さんと安楽寺とのご縁や、角の生えた才市さんの肖像画についてご解説をいただいた。

 

ヒロシマの原爆に学ぶ -被爆者の死生観と願い-

Date 2010年11月15日(月)~12月17日(金)<開館時間 10:00~16:00(土日祝は休館 ※ただし、11月20日(土)、21日(日)、12月11日(土)、12日(日)は開館)>
Place 龍谷大学 深草学舎 至心館2Fパドマ館(京都市伏見区深草塚本町67)

【開催趣旨】
 当センターの「死生観と超越」の研究目的は、人々がそれぞれの死を見つめ、互いに愛情をもって接するというところにあります。生死の苦しみに耳を傾け、その悲しみを超えていく道を探求するものです。
 この「ヒロシマの原爆に学ぶ-被爆者の死生観と願い-」展では、ヒロシマ原爆の現実を学び、あわせて、被爆者の証言と平和への取り組みを聞き学ぶことを通して、いのちの尊さを知り、戦争の悲しみから思いやりや慈しみを育んでいきたいと思います。


 「かぞえきれない程の人が なんにも言えないで
  なんにも知らないで 死んでしまったのです」

(被爆証言 高蔵 信子)

 怨みに怨みを返すのではなく、戦争による憎しみを超えて、平和な世界を常に願ってきたヒロシマの被爆者の証言を聞き学びます。あわせて、広島・長崎の原爆のパネルなども展示して、核兵器をなくす道を考えます。ヒロシマの証言と平和への取り組みを聞いて、私たち自身が少しでも未来に語り継ぐことができるようになりたいと思います。

 


【関連イベント】
◆11月24日(水)13:15~14:45 被爆体験記朗読会 場所:深草学舎顕真館
朗読ボランティアによる被爆体験記・原爆詩の朗読
◆12月2日(木)10:45~12:15 被爆体験講話
場所:深草学舎顕真館
原爆被害の実相と被爆体験を中心とした被爆者による講話

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【オープニングセレモニー報告】

 11月15日、13時より研究展示「ヒロシマの原爆に学ぶ-被爆者の死生観と願い-」オープニングセレモニーが行われた。セレモニーには、龍谷大学若原道昭学長、広島平和記念資料館前田耕一郎館長が出席され、展示開館に際してご挨拶頂いた。展示開館に際して、若原学長と前田館長にはテープカット後、「龍谷 平和の鐘」を鳴らして頂き、その後記念写真撮影、前田館長による展示品解説が行われた。

 前田館長は、原子爆弾投下の被害や広島が行っている核廃絶運動、平和運動についてお話をいただいた。展示品に対しては、それぞれ異なる被害状況をあらわしているということをお教え頂いた。具体的には、原子爆弾投下による被害は熱風、爆風、火災など多岐にわたっているため、陶器や瓦といった同じ物でも被害状況によって特徴が異なるということである。

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前田館長によるご挨拶
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若原学長、前田館長らとの記念撮影
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前田館長による展示品解説

【展示報告】

 なぜ被爆者は、憎しみ返さなかったのだろう。ひと滴の水が湖面に落ちると、波紋が静かに広がるように、真実の言葉は、人々の心に響きわたる。ヒロシマ原爆被爆者の死生観は、深い悲しみからうまれた真実の言葉である。

「かぞえきれない程の人が なんにも言えないで なんにも知らないで 死んでしまったのです」(高蔵信子)

「核戦争には勝者も敗者もあり得ません」(高橋昭博)

 新たに得た知見は、被爆者すべてが、怨みに怨みを返さずに、絶望と無念さから、家族への愛情、世界平和を強く願っていることである。そして、平和を願う基底に、怨親平等という親鸞の視座があった。敵も味方も、固定観念を離れてみれば同朋であるという教えである。パドマでの展示品は、原爆で亡くなった子供のズボン、シャツ、シュミーズ、腕時計、熱線を浴びた瓦、市民が描いた原爆の絵、原爆被害のパネル、ヒロシマ・ナガサキの映画などである。

 展示開幕式には、広島平和記念資料館の前田館長が初めて来学し、「被爆者は、はじめは恨んでいたが、苦しみを知ったからこそ、他の誰にもこんな思いをさせたくないと願っています」と大事なメッセージを伝えた。真宗学科の岩田さん、大賀さんは多くの学生の寄せ書きを館長にプレゼントし、「ヒロシマの原爆は過去の出来事ではない。今も苦しんでいる方々がいる。私たちは忘れないで伝えます」と話しかけると、館長は微笑んだ。それから、広島平和公園にある平和の鐘をモデルにして造った小さな龍谷平和の鐘を披露すると、前田館長は「平和の鐘ですね」と喜んでくださった。井上善幸副センター長によると、この広島平和の鐘には、『無量寿経』重誓偈がサンスクリット語で刻まれ、「悲願の鐘」と呼ばれているという。若原道昭学長が開幕式の後も、ずっとパドマで展示を見てくださり、館長も感動していた。

 また、全国で初めて、広島県外において被爆体験朗読会を開催し、700名もの学生と市民が参加した。国立追悼平和祈念館の代表が原爆詩や体験を朗読し、次に、学生代表の森口さん、星澤さん、若原さん、谷川さんによって原爆詩が朗読されると、会場から自然に拍手がわきおこった。学生たちは何度も朗読の練習をしてくれていた。マイク不具合など、私たち主催者の失敗にも拘らず、朗読会の代表者は、「こんなに多くの学生たちが黙って原爆詩を聞き、まるごと受けとめてくださった。初めての経験です。私たちは感動して眠れなかった」と手紙を下さった。広島の方々の温情にふれて感謝の気持ちで一杯である。被爆者の悲しみや無念さは消えることはない。しかし、被爆者の真実の体験を、原爆を知らない私たち自身が朗読することによって、その亡き方々の切なる願いが今に生きつづけると感じた。

 さらに、阿部靜子さんによる被爆体験講話を開催し、260名の学生と市民が集った。彼女は全身ヤケドで目も閉じられず、ケロイドで手が変形し、生きているのさえ苦しかった。それでも家族がずっと看病し、幾度も整形手術を重ねた。今は被爆体験を語ることが自分の使命であるという。阿部さんの恨みすらない優しさ、家族を思う気持ちを知って涙があふれた。

 また、映画『土徳』上映会には、160名が集った。悲しみの現実のありのままを知り、想像力をもって、人の痛みを感じることが重要である。悲しみからこそ、真の慈しみが生まれてくる。夜の街には美しいイルミネーションが点灯し、その輝きに目が奪われる。それでも広島平和公園にはイルミネーションはない。そこで数え切れないほどたくさんの人たちが、ピカドンによって何にも知らずに死んでいった。真っ暗な広島平和公園を思い浮かべると、今度ヒロシマを訪ねるときには静かにゆっくり歩きたい。そんな気持ちを武田晋先生が話してくれた。高田信良先生や杉岡孝紀先生は、宗教と平和に関する講義を通して、ヒロシマ・ナガサキの平和への願いを伝えつづけている。

 この展示に際して、広島平和記念資料館に格別のご支援をいただいた。各新聞社、仏教の思想の先生方と学生、研究部や学長室広報の総合力によって実現した。新聞掲載6社10回。来館者数は1437名。近郊の福祉施設から高齢者の方々が杖をつき車椅子に乗って見に来てくださった。被爆者は亡くなっても、被爆者の願いは、私たちが涙し、伝えるところに生きつづける。(文責 鍋島直樹)

展示に関する意見・感想.xls

統計(来館者が興味を持たれた展示品).xlsx

仏教の宇宙観と死生観

Date 2010年6月30日(水)~7月30日(金)※土日祝休館(※但し、7月3日(土)・4日(日)・17日(土)・18日(日)は開館)
Place 龍谷大学 深草学舎 至心館2Fパドマ館(京都市伏見区深草塚本町67)

【開催趣旨】
 紀元5世紀に、インドの世親(ヴァスバンドゥ)の著した『倶舎論』「世品」に、須彌山説と呼ばれる仏教の宇宙観が示されています。須彌山(シュメール)は漢訳では「妙高山」とも呼ばれます。仏教の宇宙観では、世界は私たちの住む世界だけでなく、多数存在し、三千大世界に広がり、果てしない時の流れの中で、生成と消滅をくりかえしていると説かれています。この宇宙が生成と消滅をくりかえすという仏教の視座は、21世紀の宇宙観にも通じるものでしょう。須彌山説は、インドから日本に浸透していた天動的宇宙観であり、近世末期、西洋の地動説が日本に導入されるまで信じられていました。やがて、須彌山説は、科学的実証に基づく宇宙観としては受け入れられなくなります。しかし、須彌山宇宙は、科学的合理主義によって現実世界の地理描写を行ったものというよりも、本来、私たちの人生を広い視野からふりかえらせるような意味を有しています。
 眼を世界に広げると、宗教的宇宙観は、精神的な世界に人々の心をいざなう魅力をもっています。ギリシャ神話の星座物語や一神教にみる世界観も、科学的視座と異なる独自の領域を有しています。須彌山世界にみる仏教宇宙観は、六道のさまざまな迷える存在が流転輪廻しているという現実を反省させるものです。たとえば、宗可撰図『須彌三界図』(明、1631年、龍谷大学所蔵)には、仏たちが私たちの迷いの世界を見守っている様子が表現されています。また、釈尊の涅槃図では、仏弟子だけでなく、神々や動物や虫たちも集まり、その死を悲しんでいます。このように、人間が自然の恵みの中で、生きとし生けるものと相互に支えあって生かされていくことを、仏教宇宙観は指し示しているのではないでしょうか。
 想像力と思索力をはたらかせ、仏教の宇宙観と死生観について、ご一緒に考えることができれば深甚です。

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来館者数:1,440名
新聞記事:5社6回(京都、毎日、中日、文化時報など)

 

【成果概要】
 文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業として本プロジェクトが採択いただいたおかげにより、「仏教の宇宙観と死生観」展を開催することができた。
 仏教の死生観の背景には、仏教の壮大な宇宙観が広がっている。至心館パドマでの、「仏教の宇宙観と死生観」展では、須弥山宇宙に新しい光をあてた。金輪際とは、地の果てを意味する。有頂天とは、迷いの三界の最上界で、思いあがり、うわの空になっていることを指す。仏教宇宙観は、私たちの世界が迷いをくりかえしていることを反省させる。

 

< 新たにえた知見>
 明の時代に宗可の描いた『須弥三界図』には、新たな発見があった。仏たちが迷いの世界を超えて、私たちを見守っていたのである。また、釈尊の涅槃図には、仏弟子だけでなく、菩薩や阿修羅などの神々、動物や虫たちも集まり、その死を悲しんでいる。阿修羅像のミニチュアにも人気が集まった。戦闘心から懺悔に成長する阿修羅の心や三面六臂の真意に触れたからである。迷える人間だからこそ、自然の恵みの中で、生きとし生けるものと相互に依存し支えあって生かされていくことを、仏教宇宙観は指し示している。
この展示に際して、龍谷大学大宮図書館にご支援をいただき、平田厚志図書館長や図書館員にご尽力いただいた。須弥山宇宙はアジアの架け橋である。来館者数は1,400名を超えた。(鍋島)

統計(来館者が興味を持たれた展示品)

厳選: 仏教の宇宙観と死生観アンケート.xls

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