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Research Activities

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  2. Research Activities
  3. Academic Lecture

Unit4, Special Lecture: Spirit of AMENIMOMAKEZU

Academic Lecture
Date January 19, 2012, 10:45-12:15
Place Lecture Hall, 3rd floor of Seiwa Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters MIYAZAWA Kazuki(CEO of Rinpoosha, Grandson of MIYAZAWA Seiroku, brother of MIYAZAWA Kenji)

Response
NABESHIMA Naoki
(Professor at the Faculty of Letter, Ryukoku University, Director of the CHSR)

Unit4, Special Lecture, Support of the Bereaved

Unit4
Date December 21, 2011, 15:00-16:30
Place Lecture Hall, 3rd floor of Seiwa Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters SATO Takemune
(Lawyer, SATO Takemune Law Office
Guest Professor at the Faculty of Safety Science, KANSAI University)

Unit 4, Lecture, Japanese Views of Life and Death, transcendence

Unit4
Date December 5, 2011, 10:45-12:30
Place Ryukoku University Avanti Kyoto Hall
Presenters Carl Becker
(Professor of the Kokoro Research Center, Kyoto University)

Response
NABESHIMA Naoki
(Professor at the Faculty of Letter, Ryukoku University, Director of the CHSR)

Unit 4, Special Lecture, The Practical Contact between Buddhism and psychotherapy

Unit4
Date November 30, 2011, 16:45-18:15
Place Lecture Hall, 3rd floor of Seiwa Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters KUROKI Ken'ichi
(Professor of Osaka University of Economics)

Coordinator, Interviewer
AKATSU Tsuneyuki
(Professor at the Faculty of Letter, Ryukoku University)

UNIT4, Special Lecture, Thinking of Life

Unit4
Date November 24, 2011, 10:45-12:15
Place B103, Shofu Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters BABA Yuko
Director of Asoka Vihara Clinic

Unit 4, Special Lecture, The Truth of Minamisanriku

Unit4
Date November 21, 2011, 11:00-12:15
Place Theater Room of PADMA, 2nd floor of Shishin Building, Fukakusa Cumpus, Ryukoku University
Presenters OIKAWA Yukiko
(MinamiSanriku-cho Utatsu-Sogoshisho chominfukushi-ka)

Interviewer
NABESHIMA Naoki
(Professor at the Faculty of Letter, Ryukoku University, Director of the CHSR)

Unit 4, Special Lecture, The Truth of Hiroshima

Academic Lecture
Date November 17, 2011, 10:45-12:15
Place Lecture Hall, 3rd floor of Seiwa Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters TANABE Akimasa
CEO of KNACK IMAGES PRODUCTION CENTER

Unit 4, Special Lecture, Mental Care in the Christchurch Earthquake

Unit4
Date November 15, 2011, 16:45-18:15
Place Meeting Hall on 2nd floor, "Padma"-Shishinkan Building, Fukakusa Campus, Ryukoku University
Presenters KONO Tomoko
(Head Nurse of Japanese Red Cross Kyoto Daiichi Hospital)

Unit 4, Special Lecture, Thinking about your own Life

Unit4
Date November 7, 2011, 11:00-12:15
Place 205, Toko Building, Omiya Campus, Ryukoku University
Presenters NAKAJIMA Shizue
(Head Nurse of Asoka Vihara Clinic)

Unit 4, Special Screening "Tannisho and Nakamura Hisako"

Academic Lecture
Date July 4, 2011, 10:45-12:00
Place Ryukoku University Avanti Kyoto Hall
Participant

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 UNIT4の研究プロジェクトでは、中村久子女史の心の軌跡から浄土教の死生観について学ぶべく、中村久子女史顕彰会の協力のもとで、女史の遺された文章や写真の研究を重ねてきた。その研究成果として、2011年春に映画「歎異抄と中村久子」を完成させた。本上映会は、この作品を上映することによって、UNIT4の研究を一般の方々に広く公開するものである。

 

 中村久子は、3歳の時に、特発性脱疽という病気にかかり、両手両足を切断された。それ以来、彼女は父母や祖母に見守られながら努力を重ね、編み物、書道、万葉集、百人一首などの素養を身につけていく。24歳の時、彼女の乗り越えてきた前半生が雑誌『婦女界』に掲載され、世界中から注目されるようになった。また、41歳の時には、ヘレンケラーとも日比谷公会堂で面談し、困難を乗り越えて自立した女性として世間の脚光をあびた。しかし、いつしか高みに上り、傲慢になっている自分に気づいて悩んでいた。そのような折、福永鵞邦という書家で熱心な仏教徒に出会い、『歎異抄』に心動かされた。『歎異抄』や、金子大栄をはじめとする先生方が彼女の心の苦悩を解き放ち、往くべき道を指し示した。

 映画「歎異抄と中村久子」は、中村久子の究極的な依りどころとなった『歎異抄』が彼女にどのような視座を与えたのかを、中村久子の残した言葉を通して明らかにしている。以下の3人による対談で、作品は構成されている。三島多聞氏(中村久子女史顕彰会代表・真蓮寺)、稲野一美氏(アナウンサー)、鍋島直樹(龍谷大学人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長)の3人である。対談のテーマは、(1)宿業の自覚、(2)念仏について、(3)父と母について、(4)生かされて、(5)人生に絶望なし、の五つである。本上映会では、(1)と(2)の部分が上映された。

 

 中村久子は、両手両足を失ったことが有難いことだと述べた。どのようにしてこのような発言に至ったのだろうか。

 中村久子は、どんなことも宿業によらぬものはない、と述べている。宿業とは、過去生の行為とその報いのことである。それは決して運命として諦めるべきものではない。大切なことは、宿業を自分自身のこととして受けとめることによって煩悩に囚われた有限な人間であるということを自覚し、この自覚から世界を新しい視点で見つめ、本当の生き方をしていくことである。

 中村久子の場合、手足がないという事実を宿業として真正面から見つめることによって、自分自身の存在を自覚し、新たな自分を発見した。娘が犬猫のように呼ばれる様子を見つめる母の悲しい表情を見て、彼女は「自分は人間なんだ、人間になりたい」という自覚をもつに至った。この自覚によって自分の認識を、「両手両足がない」から「何でもしてくれる短い手がある」へと180度転回させることができた。このように、自らの宿業を正面から見つめることを通して、彼女は新たな自分を知り、生きることができたのである。

 

 中村久子は、どのようなことも宿業によらぬことはないので、み仏からたまわったお念仏を唱えさせていただく、と述べている。このとき、お念仏はどのような意味をもつのであろうか。

 念仏とは、我が名にかけてあなたを救うという弥陀の誓いである。阿弥陀仏の御名の背後には四十八願という仏の誓い、仏の望みがある。だから、南無阿弥陀仏は「ない」から「ある、ある、ある」へと180度転回させる力をもつのである。

 また、親鸞聖人が法然上人という良き人を通して阿弥陀仏に対して絶対的な信頼を置くことにならって、中村久子も親鸞聖人という良き人を通して阿弥陀仏に絶対的な信頼を置く。親鸞が弥陀の本願が自分一人のためにあることを悟ったように、久子もまた歎異抄の教えが自分一人のための教えだと聴きとったときに、阿弥陀仏の慈悲が久子一人に到来する。

 

 新たに得られた知見として、とりわけ興味深かった点は、中村久子が福永鵞邦の念仏に出会って『歎異抄』に出会う経緯について解説された部分であった。

 福永の念仏を聴いたとき、中村久子は直接阿弥陀仏の慈悲に触れたのではなく、祖母の念仏を思い出した。この祖母の念仏は、なぜ孫がこのような運命に生まれたのかという嘆きの念仏ではなく、手足を失って生きる孫の宿業を祖母自身が背負って唱えられた念仏であった。福永の念仏を聴いて、中村久子は、自分が既に祖母のお念仏によって育てられており、既にみ仏の方から自分の存在を願われていたこと、既に救われていたことに気づいたのである。祖母の念仏が中村久子のなかに積み重なって小さな種となり、福永の念仏を縁としてその種が実を結んだのである。

 南無阿弥陀仏に絶対的な信頼をおくことは、念仏を唱えたから救ってくれ、というように南無阿弥陀仏を手段として用いているのでも、阿弥陀仏と取引をしているのでもない。苦しみに苛まれる状態から南無阿弥陀仏と言えるようになったことに対する感謝こそが南無阿弥陀仏であり、既に救われていることに対する感謝が南無阿弥陀仏なのである。このエピソードは、回心の興味深い例となっているように思われる。

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