コンセプト・センター概要

「仏教生命観に基づく人間科学の総合研究」は、仏教の縁起観を基に「あらゆる存在は相互に関係しあい支え合っている」という仏教生命観から、ユニット1「人間・科学・宗教の総合研究」・ユニット2「仏教と生命倫理」・ユニット3「仏教社会福祉」・ユニット4「仏教と環境」の4つの共同リサーチの課題に応える理論や倫理的指針を示し、その成果を「宗教と科学の相関的進展」「生命のかけがえのなさとつながり」として社会に還元することをめざしてきた。

旧ユニット1「人間・科学・宗教の総合研究」では、キリスト教神学界などの宗教思想や先端科学思想における「宗教と科学」の研究成果を積極的に学びつつ、批判的に再吟味した。その中で仏教思想が縁起説に基づいて西洋の科学・技術に対してどのような新しいパラダイムを提示することができるのかを探り、宗教者と科学者が創造的な対話を忍耐強く継続することによって、宗教と科学が共に総合的かつ学際的に進展する基本的な道を方向づけた。旧ユニット1の新たな課題は、宗教と科学が対話しつつ、仏教の人間観、世界観をより鮮明にし、仏教思想が、21世紀の先端科学技術にどのような視座を寄与できるのか、また、核の時代において仏教教理をどのように再構築すべきかを明らかにすることである。そこで新しい研究者が加入して、新ユニット1「21世紀の自然科学・技術時代における仏教思想の展開と再解釈」を編成する。

旧ユニット2「仏教と生命倫理:生死観と看取り」では、欧米における生命の尊厳が、神の似姿である個人において成立するのに対し、仏教における生命の尊厳は、あらゆる命との相互関係性のなかで成立することに注目した。人は独りで生きているのではない。他の誰かに、自然に生かされているという東洋の視座である。縁起の生命倫理は(1)有用性だけを基準にして生命操作しない。(2)相互の関係性を壊すような行為をとらない。(3)現在だけでなく未来の世代への責任ある行動をとる。(4)自己が他の生命と支えあっていることを自覚し、あらゆる生物・非生物への慈愛と感謝の姿勢をもつ。旧ユニット2の新たな課題は、生命倫理が、人の生命操作に関する倫理を示すものであって、地球上のあらゆる生命を保護するという視野を持っていない点である。また生命倫理の規範に破綻してしまう人間の現実が露呈している。そこで仏教の人間観と自然観の両面から、生命保護を考える新ユニット4「仏教の人間観と自然観の統合」を結成する。また「生死観と看取り」の研究からも新たな課題が生まれた。患者は、生涯の愛を確かめ合う最期の会話や時間をひたすら求めている。その際に看取るものがなしうる大切なことは、患者のそばに座り、患者の気持ちをありのままに聞きながら対話することであろう。新たな課題は、看取りの基本である「そこにいること(being there)」「患者の発言を否定せずに黙って聞き認めること(deep listening)」の在り方を、仏教と心理療法の両面から探求していくことである。そこで日米の心理療法研究者が加入し、新ユニット2「仏教と心理療法の相互理解」を編成する。

旧ユニット3「仏教社会福祉」では、仏教社会福祉の理論的な整理にとどまらず、歴史的な実践の掘り起こしと実態調査を実施し、現代における仏教社会福祉の諸相を分析してきた。また縁起観から学ぶ自立観を省察した。真の「自立」とは他に頼らず独りで生きることではなく、他との関わりの中で生きることに気づかされることである。新たな課題は、仏教系と一口にいっても、宗派による取り組みに独創性がある点である。その意味で、親鸞思想の人間観や慈悲観を解明し、日本浄土教を根幹として生まれている仏教社会福祉実践とその理論を探求していくことが求められる。そこで新ユニット3「親鸞思想と仏教社会福祉」を編成する。

旧ユニット4「仏教と環境」では、仏教環境思想を、思想的アプローチだけでなく、システム論的アプローチ、科学的アプローチを加えた多角的視点から総合的に研究を進めてきた。この点は、これまで宗教の立場からなされてきた環境思想研究には見られないものである。新たな課題は、環境倫理が、地球保護をめざすために個人よりも全体を重んじる思想となり、生命倫理における自己決定権と相克する点である。そこで、仏教の人間観と自然観を組み合わせて、生命倫理と環境倫理とを調和することが求められる。それはまた異文化共生や多生命共生の在り方を考えることにつながる。そこで旧ユニット2「仏教と生命倫理」と旧ユニット4「仏教と環境」とを融合し、新ユニット4「仏教の人間観と自然観の統合」を結成する。

「仏教生命観に基づく人間科学の総合研究」は、生命のかけがえのなさと繋がりに気づかせ、生きとし生けるものへの慈愛と責任と感謝を培っている。今回の研究目的は、第一に、生命観に加えて仏教の人間観、共生観を解明することである。智慧や慈悲から生まれる姿勢も明らかにする。仏教の人間観とは、惑業苦の迷いをくりかえす人間が、無常・無我にめざめ、我執を離れて解脱をめざすことを意味する。大乗仏教では菩薩の人間観、浄土教では凡夫の人間観を重視し、それらの人間観は、自己中心的な愚かさや脆さを知るとき、命あるものすべてへの共感も育まれてくることを示している。仏教共生観は、「願共諸衆生往生安楽国」に由来する言葉とされ、人間が自然に生かされ、すべてが相互に他を認め合い、自他一元的に共生していく世界を志向する視座である。第二に、仏教生命観、仏教人間観を水源としながら、「21世紀の自然科学・技術時代における仏教思想の展開と再解釈」「仏教と心理療法の相互理解」「親鸞思想と仏教社会福祉」「仏教の人間観と自然観の統合」という新四領域に研究ユニットを再編成し、研究を継続する。