1. 国宝 山越阿弥陀図

国宝 山越阿弥陀図

国宝
京都市 永観堂禅林寺
一幅 絹本着色
縦138.0 横118.0
平安時代末期~鎌倉時代 12~13世紀
Amida Buddha Coming over Mountains
Japanese National Treasure,
Eikanndo Zenrinji, Kyoto
The Late Heian Period~Kamakura Period 12~13c,


なだらかな稜線のつづく山々の向こうから、転法輪印を結んだ阿弥陀如来が、正面を向いて上半身をあらわしている。阿弥陀如来の背後には、穏やかな海が果てしなく広がる。観音菩薩と勢至菩薩は踏みわり蓮華に立ち、白い雲に乗って山を越え、往生人に向かって今まさに来迎せんとする様子が描かれている。観音は往生人の乗る蓮台を両手で差しだし、勢至は合掌し、両菩薩ともに身体を前にかがめ死を迎える人の心に優しく寄り添う。両菩薩の前方には、四天王が左右に立ち、臨終を迎える人が極楽往生できるように力強く見守っている。あわせて二人の持幡童子が幡を掲げて、往生人を阿弥陀如来の方向に導こうとするのである。この四天王と二童子は、三善為康著『拾遺往生伝』(1132年)に記載されている。阿弥陀如来は、背にほのかな白銀色の円光背を負い、画面左上のすみには、月がち輪りん中に、大日如来の種子「阿」字が悉曇(しったん)文字で記されている。密教の『大日経疏』などによれば、阿字は、本不生(ほんぶしょう)、すなわち、「あらゆるものが空であり生滅がないこと」「万有の根源」を象徴する。この山越阿弥陀図全体の清らかで透きとおった色調と月輪中の阿字とが指し示すように、月の光が山の向こうから届く情景を、阿弥陀如来と観音・勢至の来迎にたとえたのであろう。阿弥陀如来・観音・勢至の三尊の身体は、ともに金泥で飾られ、法衣の彩色には、金・銀泥や切金が用いられ、繊細で柔らかな印象を与える。山裾には、桜や紅葉が描かれ、日本人の愛する自然がこの絵に散りばめられていることがわかる。
この図は、高野山で行われていた真言浄土教の念仏の本尊とされる。真言宗の僧でありながら、法然の没後、法然帰依(きえ)し、承久三年(1221)、禅林寺に入った静遍僧都(じょうへんそうず)(1165~1223)が、高野山で尊重されている阿字月輪観を通して感得した来迎図と伝えられている。
この阿弥陀如来の両手には、金戒光明寺本(こんかいこうみょうじぼん)の山越阿弥陀図と同様に、五色の糸をつけていた孔が残っている。また、阿弥陀の白毫(びゃくごう)が深く数枚の裏打紙に達するまでえぐりとられている。『宣胤卿記き(のりたねきょうき)』永正(えいしょう)16年(1519)5月末の記事によると、天王寺西門西脇壁に描かれていたという恵心僧都(えしんそうず)源信筆の山越阿弥陀図を写した三条西実隆(さんじょうにしさねたか)所蔵来迎図の阿弥陀の白毫に、聖徳太子が勝鬘経(しょうまんぎょう)講讃のとき、毎日行水に使う水を浄めるため、法隆寺の井戸に沈めたという珠(たま)をはめていた、という記述がある。その意味で、この図の白毫が深くえぐりとられている理由は、ここに水晶などの珠を差し込んだか、もしくは、この部分に孔をあけ、絵の裏から灯火をちらつかせて、斜め向き来迎図に必ず描かれている白毫から出る光線を、実際の光で放射し、臨終を迎えた往生者を随喜させたのではないか、と推察されている。さらにこの図は、阿弥陀如来の左右に、縦の折り目の跡が二本残っていることから、もとは屏風仕立てであったと考えられる。この国宝山越阿弥陀図は、現存する山越阿弥陀図の一つとして、最古の優れた作品である。
死を前にした人間の苦しみは、孤独にある。求めているのは、死を超えた心の絆である。屏風仕立てにした山越阿弥陀図の前にたたずむと、山や月、紅葉や桜が、観る者を包みこんで、自然との一体感が生まれる。そして阿弥陀如来や菩薩たちと観る者とが、いのちの絆で結ばれていることを実感する。このように死にゆく人は、仏に願われていることに気づかされたであろう。

(鍋島直樹 / 副センター長・龍谷大学法学部教授)



参考文献

  • 『日本美術全集7 浄土教の美術』 図103 学習研究社 1982年。
  • 『国宝大事典1』 図72 講談社 1985年。
  • 『人間の美術6』 学習研究社 1990年。
  • 『秘蔵日本美術大観7』 講談社 1992年。
  • 『原色日本の美術7』 改訂版 図124 小学館 1994年。
  • 『京都永観堂禅林寺の名宝』 図34 京都・永観堂禅林寺 1996年。
    五十嵐隆明「永観律師の念仏信仰と「みかえり阿弥陀」の出開帳」130-136頁。
    西口順子「禅林寺の歴史」137-143頁。
    石川知彦「西山派と浄土教絵画」150-157頁。
  • 『日本美術作品レファレンス事典 絵画篇 近世以前』 日外アソシエーツ 1998年。


国宝 山越阿弥陀図(原寸大復元)

国宝 山越阿弥陀図(原寸大復元)
龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
一幅
顔彩方式絹本着色 縦138.0 横118.0
(なお、原絵図は、永観堂禅林寺所蔵である。)


山越阿弥陀図を当時の屏風(びょうぶ)仕立てにしてみると、一つ一つの絵が、見るものに立体的に迫ってきます。あなたの右脇を下にして絵をご覧下さい。
観音・勢至の二菩薩は、優しく手をさしだして、病気の気持に寄添うような感覚があります。なだらかな山々や四天王は、病者を包みこんでいきます。桜やもみじが同時に見えてきます。山々の向こうには、おだやかな海も見えます。
「有為の奥山、今日越えて」という歌にあるように、迷いや苦しみの山々がありながらも、その山越(やまごし)に、阿弥陀仏が今、病者をそのまま救おうとしています。白毫から放たれたと考えられる水晶の光は、恐らく、次第に意識が遠のく病者を照らし、安心を与えたことでしょう。
この度、永観堂禅林寺法主 五十嵐隆明様、宗務総長 鬼頭誠英様に格別の研究協力をいただき、国宝を原寸大で、平安時代当時の屏風仕立てにして復元することが実現しました。ここに深甚の謝意を表します。

(龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター)



(最先端の画像修復技術)

顔彩方式は従来の版画製作技術と最先端の画像処理技術、そして高品位な美術印刷技術を融合させた高精度な複製技術で、微粒子の顔料を直接用紙に定着させることにより、色調はもちろん、本画のもつ豊かな風合いや質感まで忠実に再現します。
加えて、今回の複製では用紙に代用絹本を用いるとともに、数多くの複製画や美術画集を手掛けてきたプリンティングディレクターが豊富なノウハウを駆使して精緻な校正を繰り返しながら、本画に迫るクォリティを実現しました。

(日本写真印刷株式会社)



第2期研究展示
「人生の終末・心の救い-国宝・山越阿弥陀図之復元-」


【展示品】



【解説】