13. 山越阿弥陀図と無常院ミニチュア再現

山越阿弥陀図と無常院ミニチュア再現

縦85.5㎝ 横152.5㎝ 奥行102㎝
【制作スタッフ】
(総合協力)浄土宗西山禅林寺派 総本山 永観堂禅林寺
(監修)龍谷大学教授 鍋島直樹
(制作)株式会社方丈堂出版 光本稔
(家屋制作)有限会社製本工房 小幡耕一
(人形制作)アトリエ津田 津田玲子
(猫制作)ミニチュア作家 内山正一
(桶制作)檜細工師 三浦 宏
龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター 蔵


2006年新春、山越阿弥陀図・無常院ミニチュア作品が、永観堂禅林寺様のご協力をえて完成しました。日本のミニチュア造形作家の技術を結晶して、人形や舞台が作られました。この無常院ミニチュアは、山越阿弥陀図が人生の終末においてどのように使われていたか、中世の日本人がどのように死を迎えていたかを知ることができます。大きさは実際の4分の1スケールです。
中央に安置されている絵は、禅林寺所蔵・国宝山越阿弥陀図です。平安時代末期に描かれたとされ、現存する山越阿弥陀図の一つとして、最古の優れた作品です。なだらかな山々の向こうから、阿弥陀如来がこちらを向いて上半身を現しています。阿弥陀如来の背後には穏やかな海が広がります。右手の観音菩薩は往生人に蓮華の台をさしだし、左手の勢至菩薩は合掌して見守っています。山の両脇には四天王がたち、悪魔から護っています。あわせて手前の二人の童子は旗を掲げ、「極楽浄土はこっちだよ」と案内しています。
それでは、なぜこのような山越阿弥陀図が描かれたのでしょうか。中世当時、人々は戦乱や災害、飢饉や疫病に見舞われていました。
そこで平安に死を迎えられるように描かれたのです。日常生活に使われた終末期ケアです。山越阿弥陀図は古くは持仏堂に遡り、また現代の家庭にある仏壇に通じるものでしょう。
ところで、この絵にはいくつかの秘密があります。一つは、阿弥陀如来の両手に五色の糸がつながれ、病人がその一方を握っていることです。五色とは、人間の五感を表わし、私の身も心もみ仏に抱かれていることを意味します。五色の糸は、極楽からこの世にかけられた虹の架け橋、死をこえた命の絆です。
二つめは、山々の中に、桜や紅葉などの木々が、同時に描かれていることです。桜と紅葉は、人生の四季を表すとも、極楽を表すともいわれます。月輪、月の輪は、澄みきった仏の心です。人間と自然とが一つになっていく世界を象徴しています。満開の桜や紅葉をながめることで、病人と家族が、「あんなこともあったなあ」と、人生をふりかえることができたことでしょう。
もう一つは、阿弥陀仏の白毫が数枚の裏打ち紙に達するほど深くえぐりとられていることです。永観堂禅林寺様によると、その白毫に、水晶の珠がさしこまれ、蝋燭の灯りをうけて、光輝いたとされています。また、夕焼けが屏風のうしろから差し込んで、白毫が光り輝いたともいわれます。次第に眼が見えにくくなる病人にとって、光は大きな安らぎをもたらしたことでしょう。
大切なことは、いつも阿弥陀如来に見守られてひとりぼっちにならず、病人とみとる者とが、互いの願いや愛情を確認しあえたことです。人は、限りある命に気づくとき、限りなく尊いものになっていきます。仏に成るとは、限りなきいのち、無量寿の仏になっていくということであり、亡き後も、遺族のともし火となって、ずっと心に生きているということなのです。

(鍋島直樹)



第7期研究展示
「死を超えた願い-黄金の言葉-
-見ずや君 明日は散りなむ花だにも 命の限り ひと時を咲く-」


【展示品】



【研究論文】



【黄金の言葉-先人の心に学ぶ】