第13期研究展示
「いのちの重さを見つめて―自死の悲しみと死を超えた慈愛」

第13期研究展示「いのちの重さを見つめて―自死の悲しみと死を超えた慈愛」

龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
第13期研究展示
「いのちの重さを見つめて
―自死の悲しみと死を超えた慈愛」

2009年6月1日(月)~2009年8月2日(日)
10:00~16:00
土日祝日休館
(但し、6月20日(土)・21日(日)、7月11日(土)・12日(日)、8月1日(土)・2日(日)は特別開館)

リーフレット

入館料無料
展示図録無料配布

龍谷大学 深草学舎 至心館2階 研究展示館 パドマ

主催:
龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
後援:
NHK京都放送局
龍谷大学福祉フォーラム
龍谷大学大宮図書館
協力:
特定非営利活動法人 自殺対策支援センター ライフリンク
浄土真宗本願寺派教学伝道研究センター
歐亜美術


【ご挨拶】

物質的な豊かさの陰で、人間が機械の部品のようになり、ストレスや息苦しさを感じていませんか。生きる意味や死別から学ぶ愛情を忘れていませんか。これからの時代に求められるのは、人間のより深い価値、すなわち、慈愛と思いやりによって支えあい、一人ひとりが自信をもって生き抜いていくことでしょう。この「いのちの重さを見つめて―自死の苦悩と死を超えた慈愛」では、二つの角度から生死(しょうじ)を超えた慈愛について探究します。
一つは、自死(自殺)の現実と自死遺族の苦悩・願いに耳を傾けながら、自死への理解を深めます。日本では、平成10年(1998年)以降11年間、年間の自殺者の数が30,000人を超えています。その自殺者数は、10年間で人口30万人の町が死滅することに等しいものです。「自殺」、自ら殺すという表現は心に突き刺さります。そこで遺族の気持ちを配慮して、その悲しみを込めた「自死」という表現を用いるようになりました。自殺は心の弱い人がとる行為であり、個人の問題であるという声を耳にします。しかしはたしてそうでしょうか。人はひとりで生きてはいません。家族だけでなく、学校や職場などで出会う人々との関わりの中で生きています。だから、その小さな世界で排除されたり、心から深く信じられる人を失ったりすると、人は生きる希望をなくしてしまいます。管理職の重責を担っている人々も攻撃を受ける社会です。また突然のリストラ、倒産、多重債務、犯罪などに巻き込まれて、個人の力ではどうすることもできない事態から自殺が生じています。このように自殺は個人の問題ではなく、その人が生きている社会や経済の闇を映し出しています。日本中世の親鸞は、

「さるべき業縁のもよほさばいかなるふるまひもすべし」

(『歎異抄』後序)

と説かれました。人はいのちの尊さを自覚していても、すさんだ状況によっては思いもかけない行動をとってしまうものでしょう。貧困と飢饉に喘ぐ時代、親鸞は「臨終の善悪をば申さず」と仲間に手紙を送り、いかなる死も愛しく尊いと受けとめました。
顧みると、お金や物質的な価値ばかりを追い求める社会では、自分自身まで交換可能な部品のように使い捨てられていく不安があります。いのちはかけがえないと言いながら、現実は厳しい競争の連続です。言葉やメールで相手を中傷し、攻撃しあう世界です。自死遺族の方によると、感受性が豊かで、まじめで、責任感があり、他人のことを気遣い、自己表現がうまくできない、そのような人が自死を選ぶことが多いともいわれます。
蓮如は、真実の生き方について、こう説いています。

「総体人にはおとるまじきと思ふ心あり。この心にて世間には物をしならふなり。仏法には無我にて候ふうへは、人にまけて信をとるべきなり。」

(『御一代聞書』(160))

人と競争して習い学び上達するのが世間であるが、仏法の世界では我執を離れ、他人に負けて信心をとるべきである、という内容です。自分の弱さを自覚することが真実に生きているということなのです。
この展示では、自殺予防や自死遺族を支援している「内閣府自殺対策推進室」「国立精神・神経センター精神保健研究所 自殺予防総合対策センター」「特定非営利活動法人 自殺対策支援センター ライフリンク」「あしなが育英会」「浄土真宗本願寺派教学伝道研究センター」などの取り組みを紹介し、自死念慮者や自死遺族の悲しみに向き合い、自死の問題を、医療レベルからだけでなく、経済・生活対策レベル、宗教的ケアのレベルから見つめたいと思います。
もう一つは、先人たちの「珠玉の言葉」を通して、死を超えた慈愛について探究します。親鸞と恵信尼、ダライ・ラマ14世、大谷光真、五木寛之、水谷修、上田紀行、青木新門などの表した言葉を抜粋して、生死を超えた真実について学びます。
また、ガンダーラ仏教美術の研究者である栗田功氏のご協力により、紀元2世紀頃のガンダーラ仏陀立像、仏陀座像、仏三尊像などを展示いたします。仏像の微笑や仏伝レリーフの物語は、時を超えて見るものに安らぎを与えてくれることでしょう。
さらに、大宮図書館所蔵の、涅槃図、釈迦如来三十五仏(タンカ)、一休骸骨、親鸞聖人安城の御影(複製)、恵信尼肖像画、歎異抄蓮如書写本(複製)も公開いたします。
NHK京都放送局をはじめ、ご後援、ご協力いただきました皆様に対し、ここに厚く御礼申し上げます。大学生をはじめ、小中高生などの思春期の生徒や一般の方々に広く公開展示し、いのちの尊さと死を超えた慈愛について一緒に考えてみたいと思います。


龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
井上善幸・鍋島直樹



【来館者数】

2132名



【感想】

最近、ある会社でパワハラの結果自殺に追い込まれてしまった方がいたそうです。
うつ、という言葉でくくられてしまってもその原因は様々で、その全てを解決しようとするには人間社会は深すぎます。しかし、うつの人と話していて、影響されてか自分まで気分が沈みこんでしまった経験が自分にはあります。助けるということも簡単にはできるわけがなく、少しずつでも進んでいければと思います。



『明るい方へ 明るい方へ』の上映を見ました。金子みすゞさんの一生はすごいと思いました。蓮如上人や親鸞聖人の絵も見れてよかったです。実家も寺なのであるのですが、展示されているとやはり綺麗に見えました。自殺のことのパネルもたくさんあったのですが、仏様のこともたくさん関係しているのかなと思いました。



日本は自殺率が世界でロシアにつぎ2位であるが、ロシアの場合日本に比べ生活難の部分が大半を占めていると思います。それに比べて日本は生活難という部分では、充実しており精神的な理由から自殺する人が多いので、実質世界で1位なのだと思った。現代になるにつれて自殺者数が増えているのも昔に比べ現代の人の精神力の弱さが現れていると思った。自殺者は全国に分布しているが東京などの都市部に多いのは純粋に人口が多いという問題だけでもないと思った。



自殺について普段そんなに深く考えたりはしないが、決してじぶんとは100%無関係な問題ではないと思った。
自分は日々いろいろな人に出会うし、身の回りの環境も変わっていく。自殺のサインを出している人にこれから直面してもおかしくないのだ。もっと仏教の思想を学んでみたいと思った。



自殺というのは人事のようで、そうでないことなのかもしれない。年々若い人の自殺者が増えているし、相談できない人が多いという現状。その中で、普通に生活していても周りで苦しんでいる人がいるかもしれない。そんなことを考えながら見ていた。“死にたいと語ることは、生きたいと訴えていること”という言葉が胸に響いた。こんな世の中でも必死にもがいて生きようとする人がいる。命の重さ。それは平等であり、かけがえのないものである。色々なことを見つめ直す良い機会になった。



私は今のところ自殺をしようと思ったことはありません。しかし、友達の中には考えた人もいますし、自殺してしまった人もいます。自殺を考えている人の気持ちをしっかり理解できずに(軽視して)「がんばれ」と言っていました。すごく軽はずみな発言であったと思います。
今日この場に来て様々な考えや取り組みがあることを知りました。しかし、私は自殺志願者に同調することは出来ません。ですから、「これをするまで死ねない」という思いを持ってもらえるよう、悩んでいる人にははたらきかけていきたいです。私は「ナイフの重さだけで切れるようなやわらかくて、美しい最上級のステーキ」と「口に含んだ瞬間解けてなくなるような大トロ」を食べるまで死にたくありません。絶対。人間は欲張りな生き物だから、私はこれを経験しても、また違う「これをするまでは死ねない」思いが生まれると思います。自殺志願者の方に「あれもしたい、これもしたい」という欲張りになってもらえるように。明日が来るのを受けいれられたら幸せだと思います。



素晴らしい展示でした。貴重な展示物の数々、そしていのちの重さ、大切さを痛感させられるパネル。今、私たちが人々の支えによって生かされていること。又、それに対する“幸福”を強く実感させられました。
自殺者が絶えない今日、だえあが、ではなく、私たちが動かなければならないと思いました。
これからもこのように、多くの人に「いのち」について知ってもらえる機会があればなと思います。ありがとうございました。