第14期研究展示「自然と人間のつながり―水俣病に学ぶ」

リーフレット:第14期研究展示「自然と人間のつながり―水俣病に学ぶ」

龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
第14期研究展示
「自然と人間のつながり―水俣病に学ぶ」
Connections between the Natural World and Humans:
Learning from Minamata Disease

2009年11月24日(火)~2010年2月5日(金)
10:00~16:00
※土・日・祝日および年末年始(12月23日(水)~1月6日(水))休館
※但し、12月12日(土)・13日(日)は開館

リーフレット

入館料無料

龍谷大学 深草学舎 至心館2階 研究展示館 パドマ

主催:
龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
協力:
水俣市立水俣病資料館
財団法人水俣病センター相思社 / 水俣病歴史考証館
後援:
NHK京都放送局
KBS京都
京都新聞社
龍谷大学福祉フォーラム


【開会のご挨拶(オープニングセレモニーにて)】

第14期研究展示「自然と人間のつながり―水俣病に学ぶ』オープニングセレモニーの様子(その1)

晩秋の今日、皆様にここパドマにご来場いただき、本当にありがとうございます。水俣市立水俣病資料館館長下川満夫(しもかわみつお)様、水俣病センター相思(そうし)社学芸員の高嶋由紀子(たかしまゆきこ)様、語り部の永本 賢二(ながもとけんじ)様には展示に際して格別のご協力をいただきありがとうございます。
河嶋副学長には、お心こもるご挨拶いただきありがとうございました。


文部科学省オープン・リサーチ・センター整備事業より研究助成を受け、龍谷大学ならびに関係各位に多大な研究支援をいただき、心から感謝申し上げます。当センターは、プロジェクトのテーマとして「仏教生命観に基づく人間科学の総合研究」を掲げ、「あらゆるものは相互に依存し支えあっている」という縁起説を基に、かけがえのない生命を護り、生きとし生けるものへの慈愛と責任と感謝を培う教育研究をめざしています。


二十一世紀は「環境の世紀」と呼ばれ、世界各国は、地球温暖化防止のために努力しています。人類中心主義を省みて、地球と人間の共生と持続可能性を願うことは、生きとし生けるものの安穏につながるでしょう。
しかし、忘れてはならないことがあります。それは私たち人間が、経済発展とともにもたらした深刻な環境破壊です。熊本県の水俣病はその一つです。世界に眼を広げると、新潟水俣病など、日本や世界の各地で有機水銀中毒やヒ素中毒などが起きています。
『水俣病 その歴史と教訓 2007』(水俣市)によると、熊本県水俣市の不知火海は、「魚わく海」といわれるほど豊かな海でした。しかし、チッソ工場が水俣湾に流したメチル水銀化合物を含む有害な廃水によって、海に住む魚は汚染されました。1950年代前半から、魚が海面に浮いたり、貝が死んだり、海草が育たなくなりました。やがて、汚染された魚を食べた猫が踊るように狂い死にし、鳥が空から落ちてきました。1956(昭和31)年に、人間にも原因不明の病気が公式に確認されました。水俣病は当初うつる病気と誤解され、患者はいじめや差別を受けました。満足な治療も受けられず、次々と亡くなっていきました。調査研究の結果、水俣病は、チッソ工場から排出されたメチル水銀が魚や貝に蓄積され、この汚染された魚などを食べることで起きる神経系の病気であることが明らかにされました。
原田正純著『水俣病』(岩波新書 1972年初版、第41刷)には、「水俣病は決して終わっていない。ここには社会的にも医学的にも、今から新しく手をつけなければならない問題がまだまだ山積みされている。この人類初の巨大な環境汚染の結末こそ人類の未来を象徴する。そして、その結果、人類の未来は私たち現代に生きるものの手にゆだねられている」と論じられています。さらに原田氏は、「現在もいままで沈黙していた未申請の患者が申請を続けているが、濃厚汚染に襲われていた1965(昭和40)年当時、不知火海周辺には20万人以上の人が住んでいたことを考えるなら、驚くべきことではない。・・・水俣病問題は決して終わっていない」(『豊かさと棄民たちー水俣学事始』(岩波書店 2007年)と記しています。治療困難な水俣病は、過去の出来事ではなく、今もつづいている深刻な問題です。


第14期研究展示「自然と人間のつながり―水俣病に学ぶ』オープニングセレモニーの様子(その2)

この展示では、リサーチユニット4の玉木興慈先生と井上善幸先生のお力により、水俣病によって失われた多くの方々の命の悲しみに耳を傾け、負の遺産から地球環境を守る道を考えます。水俣病資料館を訪ねたときに、娘が成人式に晴れ着を着て、父親に抱かれている写真がありました。忘れられない写真です。もし自分の住む町に、メチル水銀を含んだ廃水を流す工場があったら、水俣病は自分たちであったかもしれません。環境問題を考えるために、その原点である水俣病の苦しみの現実を知り、水俣病のような環境破壊を二度と起こしてはならないことをただ願って、この展示を開催いたします。また、石牟礼道子著『苦海浄土』の視座にも学びたいと思います。
この展示開催にあたり、水俣市立水俣病資料館、水俣病センター相思社、水俣病歴史考証館の皆様、熊本学園大学社会福祉学部 原田正純教授(水俣学研究センター長)、龍谷大学文学部 丸山徳次教授(里山学研究センター研究員)の方々に、ご協力、ご助言を賜りました。また、写真家 桑原史成氏の「水俣」の写真作品や、W. ユージン・スミス氏とアイリーン・スミス女史らによる「水俣」の写真作品を、ご許可をいただいて展示させていただくことができました。本当にありがとうございます。水俣病資料館や水俣病センター相思社のパネルや写真をお借りすることができなかったら、この展示は実現しませんでした。何も知らない私たち自身が水俣病について謙虚に学びたいと思います。さらに、このような私たちに、NHK京都放送局、KBS京都、京都新聞社、龍谷大学福祉フォーラム、大宮図書館よりご後援をいただきました。ここに深く御礼申し上げます。そして、展示設営にあたり、本プロジェクトの博士研究員本多、研究助手、岡崎、北岑、入井、また研究部の皆様が力を尽くしてくださいました。
水俣の海は夕日が美しい穏やかな湾です。母なる水俣の海で起きた悲しみの現実を見つめ、人間のあり方をふりかえりたいと思います。


龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
センター長 鍋島直樹
ユニット4代表 玉木興慈
ユニット4副代表 井上善幸


【展示品】

被害をものがたる漁具(たこ壷、えさ網、うなぎてご他)、
水銀ヘドロ、チッソ製品等(27点)


【写真パネル】

「水俣病」「チッソ水俣工場」「不知火海」等
ウィリアム・ユージン・スミス(William Eugene Smith)らによる関連写真(36点)
桑原史成による関連写真(3点)


【展示パネル】

「水俣病の発生状況」「ネコ実験」「水俣病にまつわる差別・偏見」等
水俣病詩集「戻らぬ命」
~百八つの水俣病患者の思いや手記から~


【シアター上映】

水俣病語り部「被害者の救済を求めて」
「水俣病とともに生きて」「夫と子どもを亡くして」
「次々と家族を襲う水俣病の悲劇」「父の死が原点」他
(水俣市立水俣病資料館提供)


【展示関連 特別講演】(入場無料・事前申込不要)



【来館者数】

1495名



【感想】

永本さんが、京都の障がいを持った方と水俣病の患者さんとの交流を持ちたいとおっしゃったのが印象的でした。私たちもそのお手伝いが出来るのではと考えさせられました。写真や詩は見ていて悲しくなるものばかりでしたが、現代に生きる私たちは水俣出身かそうでないかに関係なく、歴史の1ページだとして、受け止めていく必要があると思いました。(学生・男性)



社会学と環境経済学の授業でそれぞれの視点から水俣病ついては学びはしたが、今回の展示、特にパネルの詩集や語り部のお話を読んでいると背骨に氷をつっこまれたような気分になりました。
「命の悲しみに耳を傾け、負の遺産から地球環境を守る道を考えます。」と最初のあいさつのパネルにある言葉が胸に染みこみます。水俣病の責任や業は加害者と被害者が大変難しい問題で、今現在も残る問題は数多くありますが、二度と同じことをしてしまわないように行動することは今から充分に可能な、重要なことだと特に痛感しました。
今現在も水銀による中毒は世界(特にブラジルの金鉱)であるので、是非こういった機会を様々な場でもうけてほしい。すばらしい展示でした。(学生・男性)



水俣病のことは知っていたが、京都で訴訟が起きていたことは初めて知った。そして、とても身近なものだと改めて思った。水俣湾のヘドロを見たとき、間接的だとしてもあのヘドロを摂取していた人々がいたのだと考えると、とても心が痛んだ。また、水俣病患者の人々の写真や、患者さんを支える家族の方々のエピソードを読み、どうしてもっと早く国や企業は水俣病を認め、行動してくれなかったのか、と思ったのと同時に、無責任さに苛立ちを感じた。もう2度と同じ過ちを繰り返さないためにも、もっと多くの人々に水俣病の恐ろしさや、事実を知ってもらうことが大切だと思った。私も出来るだけ多くの人々に水俣病のことを伝えていこうと思った。(学生・女性)



水俣病は、歴史の授業で学んだだけであって、過去の出来事であり、私には何ら関係のないことだと思っていましたが、今日、たくさんのパネルや展示物を見学させていただき、その考えが変わりました。また、詩集を見て水俣病の家族の苦しみや悲しみがとても伝わってきて胸を打たれました。今回の展示を見学することで、水俣病について改めて知ることができて、とても貴重な経験になり、また水俣病を過去の出来事と考えるのでなく、今後同じような悲劇を繰り返さないために私たちも水俣病を考え、次世代に伝えていくことが大切だと思いました。(学生・女性)



水俣病について、いまいちわからなかったのですが、すごいたくさんの人々が病気になって苦しみ、戦っていたんだなと思いました。痛々しい写真があったり、「少女と父」との写真は、鍋島さんもおしゃっていたように、病気になっても家族として一緒に20歳を喜べることってすごいんですよね?自分ならを考えると、やはり偏見とかがあります。水俣病ももっと早く気づいて治療できればよかったと思います。でも、そんな簡単な話でもなく。逆に言えば、これがあったから、今の私たちの生活があるのかもしれないですよね。勉強になりました。(学生・女性)



一番印象に残ったのは「水俣病の少女と父成人の日」の写真です。あの写真からどんな困難があっても絶対にきれることのない家族の絆を感じました。(学生・男性)



日本は昔から経済発展(昔は八幡製鉄所に始まり、高度経済成長などの現代まで)を優先し、自由主義的政策などがおし進められた結果、公害、それに苦しむ人々の声はもみ消されてきた。本来は国が助けるべき住民を苦しめてきた。これは当事者だけの問題ではなく、国民全体の問題としてとらえるべきだ。(学生・男性)



「水俣病にまつわる偏見・差別より」水俣病だから差別される、水俣市に住んでいるから修学旅行で特別扱いを受ける。チッソの工場がたまたま水俣市だっただけ、たまたまその工場から有機水銀が流れていただけ。もしかしたら、京都府にチッソの工場が建てられていたかもしれない。それなのに水俣市に住んでいなくてよかったと、水俣病にかかった人を差別するのはもっとおかしいと思った。たまたまこの時代、この場所に生まれ、そこの魚を食べただけ。もしかしたら私も水俣病患者になっていた可能性もあるわけで、差別した人にもそういう可能性があったわけだ。たまたま水俣病にかからなかっただけで、関わりは十分ある。「私は関係ない」ではなく、1人1人が重く受けとめるべき事実だと思った。(学生・女性)



水俣病が発見されて、伝染しない病気だとわかっても、周りの人が差別するのがひどいと思いました。それに患者の人達は被害者であり、何も悪くないのに差別されたり、国や工場からの補償がなかなかなかったのはおかしいと思います。メチル水銀は脳に悪影響を及ぼすので植物は水俣病にかからないとわかり、その村の食べ物の主食が農作物で、魚は全て売る用だったら、水俣病は全国各地でおこったのではないだろうかと思いました。私達は食物連鎖をしっかり心に刻んで、環境を破壊すると必ず自分達にはねかえってくるということを忘れてはいけないと思います。(学生・女性)



私がこの展覧会で一番印象に残ったのは原田正純氏のいのちの価値で紹介されているエピソードです。「胎児性水俣病患者の智子さんは、母が食べた水銀をすべて吸い取った。それが原因で母は助かり、その後に生まれた子どもたちも元気に生まれてこられた。この家族にとって智子さんは命の恩人なのだ。」私はこのエピソードを読んで深く感動したと同時に言葉を失いました。全ての人には同等の愛が存在するそう感じたと同時に私の夢である「全ての子どもに笑顔を」がより強く決意できたよい展示会でした。ありがとうございました。(学生・男性)



チッソが、水俣病に目をそむけ続けていたことにすごく腹が立つ。というか、どれだけ自分達の非を認めたくないんだ、と本当に呆れかえる。患者たちが、生きるか死ぬか本当に苦しんでいるのに。小さな子供が言葉もしゃべらぬまま亡くなっていったり、その身体を解剖されたり、患者本人だけでなく、身内にも大きな苦しみをもたらす水俣病は本当に恐ろしい病だと思った。写真や詩集を見て胸が苦しくなり、涙が出そうになった。(学生・女性)



今までも、小学校や中学校の授業などでも水俣病について勉強してきましたが、教科書の中の話で、実感はありませんでした。でも、これらの展示などを見て、水俣病は歴史などではなく、実際に今でも多くの人々が苦しんでいるものなのだと実感しました。特に、方言で書かれた詩集は印象的でした。(学生・女性)



当時を垣間見た気がした。まったくもってひどいものである。“ありえない世界”であったともいえる。急速な経済成長を遂げつつある中で当然のように起こってしまった水俣病。人間は「自然の大地」で生きている事を忘れてしまっていたのだろうか。見落としていた点がいくつもあったように思う。この現状により人々に害をもたらした。私たちはこの実体から目をそらしてはならない。常に向き合い、尚且つ今後二度と起きないよう「見逃す点」を作らないようにしていきたいものだ。(学生・男性)



今回のことで本当に怖いと思ったのは、水俣病が食物連鎖を通して、水銀を蓄積され発症することを再認識したことです。直接人に対し、害を与えたわけではないのに、自然にダメージを与えたら、人に返ってきた、自然の食物連鎖が回りまわって、人にキバをむく、海はとても巨大で広大だから、多少汚しても変わらないといった人の意識がこういったことを引き起こすことをもっと考えないといけないと思った。そして、人は自分とは違う者に対して、排除しようとする。その気持ちが分からないでもない。自分自身いじめに加担することはなくても、助けられるかどうかは分からない。しかし、いじめられる側からすれば、いじめ、の一言で片づけられる問題ではない。何が違うのか、なぜ違うのか、こういった展示によって少しでも知らなかった相手のことを知る機会があるのはとても良いと思った。(学生・男性)



一番ひどく衝撃を受けたのは写真パネルの「母に抱かれる胎児性水俣病患者」を見た時だ。胎児性の子供を残して先に死ねない。私より先に1時間でも早く死んでほしいと母が言っている事実だ。子供を想うはずの母が子どもの事を想い子供の死を願うその現実に衝撃を受けた。水俣病とは、そこまでひどいものだったのか私たちはこの事実を歴史の中でしか知らない病気の現実がこんなにもひどいものだったのか、何故こんなことが起こってしまったのかを思うと、心が痛む。病気は偏見を生む、それが体に異常を起こす病気ならばなおさらだろう、今なおこの偏見は正されていないのかもしれない、今私たちにできることはそう多くないかもしれない、しかし、まず私たちが正しい事実を直視し、正しい知識を付けることが少しでも、水俣病で苦しむ人々の救いになればと思います。生きる権利についても考えてしまう。ただ、「健康に生きる」こんな単純な願いさえもかなわなかった人がいるということを私たちは忘れてはいけないと思った。今私たちが健康に生きていられるのは過去の多くの過ちの上になりたっている事を、私たちは知るべきだと強く思った。(学生・男性)



私は今回の展示を見て、水俣病についての知識がないことを痛感しました。同時に今までは小中高で習う教科書的なものしか知りませんでしたが今回の展示でより良く水俣病に附いて知ることができたと考えます。また、今回の展示を見て、一番印象的だったのは、政府や株式会社チッソの被害患者への対応です。補償を渋っていたのは知っていましたが写真で見るとより分かり易く患者との対立が明白でした。私は、自分が法学部であることもあり公害問題にも興味があるので有意義に展示を見ることが出来ました。(学生・男性)



すごく重かった。政府やマスコミ、チッソにすごく腹がたった、パネルの文面を見て悲しくなった。でもその中で一番印象深かったのは「成人の日」という一枚の写真だった。他の写真に映る人が皆怒っていたり、悲しそうだったりとした表情をしている中で、その写真の中の父と娘さんだけはすごくうれしそうだった、特に、ただの「嬉」を表しているだけではないような父親の表情が目に焼きついた。きっと悲しみとか苦しさとか絶望を全て経験したうえでのあの表情なんだろうなと思うと、余計目が離せなかった。此処でも「親の慈愛」を見たのだと思う。(学生・女性)



はじめは、目をおおいたくなるような悲惨な展示物の数々に、見るのをやめようかと思う事もあったが、次々と展示物を見ていくと、次第に、我々が知らなければならない事なのできちんと現実を受け止めようという風に気持ちが変化していった。また、特別展示の仏陀頭部などの出土品などは「美しさ」を感じた。(学生・女性)



水俣病は昔の病気であるが、決して過去の話ではないなと感じました。資料にも書いてあるように、現在私たちは、人間の生活のための大量生産・消費・廃棄によって様々な有害物質に囲まれ、環境を壊しながら生きています。たくさんの命も殺しています。食べるためだけでなく実験などでも多くの命が消えています。水俣病はみんなが加害者であるといえると思います。人間たちの際限のない欲望の果てに、何が待ち受けているのか、物質的な豊かさを求め、自然とのつながりを壊していったときに犠牲になった人々の事を忘れず、これからどうしていったらよいのか考えながら生きていきたいです。病気には、いろんなうわさがつきものですが、私はそれらにまどわされることなく、真実を見極められるように、何事においてもいえる事ですが勉強します。(学生・女性)



一番感動するのは写真ではなく手記だと思う。写真は「ああ悲惨だ」「かわいそうだ」と表面的な感動しか起こらないが、手記は心に訴えかけるものがあると思うからだ。体験者の生の声がリアルに想像できる。「(ヒューッ)…海…ボラ…ナマコ…昔の…海…」「チッソに…(ヒューッ)…罰ば…罰ば…」と言って夫は死んでいきました。というような文章には何とも言えない気持ちになった。多くの人がこの悲痛な叫びに耳を傾けるべきだと思う。(学生・男性)



このパネルを見て涙が止まりませんでした。とにかくかわいそうでした。かわいそうという言葉では軽すぎるような気がします。差別と病気の症状の2つの苦しみを抱える辛さは本当にその病気になってみないとわからないんだなと思いました。チッソも国も自分たちがどれほどの人の人生を狂わせ、苦しみを与えたのかを自覚してほしいと思います。水俣病はその病気の被害者だけでなくその家族や周りの人も不幸にしてしまいます。水俣病で犠牲になった人のためにもこんなひどいことはもうおこらないようにしていかないといけないと感じました。(学生・女性)



原田正純教授の「生かされているいのち」のパネルの中で、「人々が生かされている自覚を忘却した時、人類は破滅の道を進んでいくような気がする」に共感でした。こういう考えがなくなって、水俣のような被害が出てしまったのだと思います。自分の会社だけよければいい、自分だけよければいいとの思いで、工場用水を川へ流し、それを政府もなかなか認めなかったという事実があり、やはり、食物連鎖のように人は生かされていて、全てのものとつながっているから他への思いやりや気づかいは本当に大切なものだと思いました。自分自身もよく自己中心的になるので、生かされているとなりの人、または小さな石や草からも生かされている存在であるというのを忘れないようにしていきたいと思いました。(学生・男性)



水俣病患者の折れ曲がった指の話がおそろしかったです。「人々が生かされている命の自覚を忘却した時、人類は破滅の道を進んでいくような気がする」という文章が印象的でした。(学生・女性)



仏教と水俣病の関係をもっと追究してほしかった。仏像等の展示物の位置づけがわからない。(一般・男性)



水俣病という名前と汚染された海でとれた魚を食べて発症するという知識はありましたが、展示物を見せていただき水銀中毒とはこんなに怖いものかと思いました。なるべく自然のものを口にしたり手にしたりしたいと思いますが、現代では無理なことのように思いました。(女性・一般)



水俣病は過去の病気として、ともすると記憶がうすれがちになりますが、こうして展示を見ていると、病気のすさまじさ、患者の苦しみが伝わってきます。水俣病は決して過去の出来事ではなく、現在にもつながる大切なことを伝えているし、それに人類は学び、環境保護の大切さを改めて認識させられます。非常にGoodな企画だと思います。水俣病詩集「戻らぬ命」には深く感銘を受けました。(一般・男性)



水俣病をあらゆる観点からとりあげ、豊富な資料を元にビジュアルで表現して、また、とてもわかりやすく全貌を紹介されています。リーフレットも豪華版で、これまでの全てとともに保存し、機会あればまた見直し学習することができます。展示と準備された先生方にその努力に敬意を表します。こうした公害病の苦しみは本人だけでなく家族に計り知れない重圧をもたらすのがよくわかりました。また、政府・企業への補償交渉がいかに長期間にわたり大変なものであったかの実状も、よくわかりました。他にもいろいろ思うところがありました。参考本も多種類置いてあり自由に閲覧できるところもすごくいい。あちこちの大学の展示会は行っておりますが、こんなに配慮をしてある展示会場はここ以外に知りません。(一般・男性)