石たちの煌き(きらめき)

 親鸞(1173~1262)は、


「能令瓦礫変成金」
(よく瓦礫をして変じて金と成さんがごとし。唐の法照『五会念仏法事讃』)


を次のように説明しています。


「能令瓦礫変成金」といふは、「能」はよくといふ、「令」はせしむといふ、
「瓦」はかはらといふ、「礫」はつぶてといふ。「変成金」は、「変成」はかへなすといふ、「金」はこがねといふ。かはら・つぶてをこがねにかへなさしめんがごと し、とたとへたまへるなり。れふし・あき人、さまざまのものは、みな、いし・かはら・つぶてのごとくなるわれらなり。如来の御ちかひをふたごころなく信楽すれば、摂取のひかりのなかにをさめとられまゐらせて、かならず大涅槃のさとりをひらかしめたまふは、すなはちれふし・あき人などは、いし・かはら・つぶてなんどを、よくこがねとなさしめんがごとしとたとへたまへるなり。(『唯信鈔文意』)


 小さな石や瓦のかけらのような私たちですが、抱き取って捨てないという仏の願いに抱かれて、黄金色に変わっていくというのです。
 自らを閉じこめるような偏見や執着から自由になって、満天の星空のごとく、すべてが煌く世界を願って生きてゆきたい と思います。



原石のように

比べようのない輝きを有すあらゆるいのち

それらのいのちは

相互に照らしあって自己を知り

より深い輝きを放つ



人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
センター長 鍋島直樹