ローカルからグローカルへ―共生を考える

龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
公開講座(UNIT 3主催)

滝澤三郎
(東洋英和女学院大学教授・元UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日代表)

2010年1月16日(土) 13:30~16:30
龍谷大学 瀬田学舎 6号館プレゼンテーション室

【参加者】

18名


【報告】

滝澤三郎(東洋英和女学院大学教授・元UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日代表)

現在、世界で国内避難民は約2600万人、難民(国外)は約1100万人。
難民は年々減り、国内難民は増えている。冷戦以降、国内紛争が増え、たとえばユーゴスラビアなど市民を巻き込んだ紛争のために、国外に出ることができず、国内で難民となっている。アフリカだけではなく、中東やアジア(タイにはミャンマーからの難民が多い)にも難民が多くいる。

国際政治上、内政に干渉しないという理由から国内避難民にUNHCRができることが少なかったが、「保護する責任」論が2005年国連サミットで承認され、国内避難民に国連が干渉することができるようになりつつある。

難民鎖国だった日本が変わりつつある。2010年、日本で難民条約上の義務ではなく政策的にミャンマーの難民を受け入れるようになった。2008年、難民認定法の改正により、難民申請者、認定者数ともに増えている。

いま、滝澤先生は長野で難民を受け入れられるように活動を開始している。国外に出ることなく小さな地域で難民のための活動を開始している。

会場の様子

日本にいる数少ない難民の一人、関西学院大学学生ミョウ・ミン・スウェ(MYO MYINT SWE)氏を紹介して下さった。ミョウ氏が当事者としてご自分の体験を話してくれました。彼はミャンマーからの政治的難民である。ミャンマーで1988年から高校生で政治活動を開始した。彼は生命の危険があったため亡命を親や家族、友人にも秘密に行い、ミャンマーからタイへ、タイから日本へという経由で入国した。日本には不法入国で入国したため、先輩の助けを借りながらアルバイトをし、必死にテレビをみて日本語を覚えた。その後、マスコミに入社し新聞記事を書いたりしていた。が、その記事をきっかけに大使館から脅迫を受け、2004年難民申請をした。日本の難民申請は非常に厳しく、本当に難民であるのかを自分で立証しなければならなかった。大使館からの脅迫の電話を受けた時の同僚の証言もあり、難民として認定された。34歳で認定された時はこれでようやく堂々と生きていけると嬉しく、大学に行きたいと思った。しかし進学のための資金がなくIT関連の職場に就職していたが、進学への夢を捨てきれずにいたところ、関西学院大学が難民のための奨学金制度を知り、現在に至る。

「いつかミャンマーに帰った時、大学で学んだことを活かしたい」と語る彼の夢が現実になる日が来ますようにと心から思った。また、滝澤氏が講義始めに「難民は単なる逃げる人々ではない」と言った意味がミョウ氏の姿に明らかだった。


(UNIT 3 RA 打本未来)



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