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年次報告書・2011年度

「死生観と超越ー仏教と諸科学の学際的研究」2010年度報告書

挨  拶
             龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター長 鍋島 直樹
 

 慈光照護のもと、本センターの「死生観と超越─仏教と諸科学の学際的研究」プロジェクトは、平成22年度〜24年度の文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業として採択されました。昨年4月に研究部河村課長から採択通知の電話を受けた時、うれしさとともに果たすべき責任を感じました。
 文部科学省、ならびに、龍谷大学若原道昭学長をはじめとする関係者の皆様には、このような大型研究プロジェクトに携わるご縁を賜り、心から御礼申し上げます。身の引き締まる思いです。あわせて、この採択にいたるまで、構想調書を書き上げるためにご尽力いただいたすべての研究者、研究部人間総研の職員の皆様に深く感謝いたします。海外からは、オレゴン大学教授の海野マーク先生に学術的な面から助言をいただき、大きな力を得ました。
 
 世界には経済的に豊かになった国々と、その一方で、貧困にあえぎ、基本的な人間の生活を送ることさえ困難な国々があります。しかも、経済的な繁栄を遂げてきた日本において、孤立感や不安が蔓延しています。物質的な豊かさは誰にとっても求められることです。しかし、経済的発展に偏重しすぎたために知らぬ間に利己的になり、関係性を失って、精神的な幸福を感じにくくなりました。人間のために自然を必要以上に開発し破壊してきました。改めて今、地球と人間の持続可能な世界を構築することが求められています。
 そのような時代にあって、当センターでは、「死生観と超越」の課題に取り組みます。「死生観と超越」のテーマは、世界の人々の普遍的なテーマです。古きに学び、死を通して真の愛情や生きとし生けるものとの関係性を育むことができれば、現代そして未来の世代に精神的な幸福を復興させる鍵となると思います。生老病死のありさまは、いのちの無常さを知らせ、本当の生き方とは何であるのかを問いかけてきます。釈尊の求道は、老病死の現実にであい、清らかな修行者の姿に胸を打たれたところに始まりました。愛するものとの死別は受け入れがたく、後悔や悲しみを伴います。しかも、人は死別の悲しみを経験することを通して、亡き人から受けた愛情に気づき、無常を越えた真実を求めます。深い悲しみからこそ、他者や自然への慈しみも生まれてきます。死は、人に大切な何かを考えさせる機縁であるといえるでしょう。
 初年度にあたり、各研究班では、研究発表や対話がはじまりました。主な成果には、仏教宇宙観と死生観に関する展示、被爆者の死生観と願いに関する展示、各ユニットの研究会、ワークショップ、公開講座があります。ユニット1(代表 廣田デニス)では、2011年2月、ハーバード大学において、生活に根づいた仏教と死生観に関する国際学術講演とコロキアムを開催いたしました。ユニット2(代表高田信良)では、諸宗教の死生観に学び、宗教と平和の教育研究、宗教者間対話による交流を幅広く進めています。ユニット3(代表 林智康)では、儒教・道教・仏教の死生観を学びあう学際的な研究を積み重ねています。ユニット4(代表 鍋島直樹)では、医療、看護、カウンセリングそして仏教に関する研究者が発表し、臓器移植に関わる心のケア、グリーフケア、ビハーラの独自性、死生観と超越の物語について相互理解を深めています。那須英勝先生のご尽力により、英文での研究成果物出版やロナルド・ナカソネ教授の京都での学術講演が実現できました。
 そして、『仏教死生観デジタルアーカイブ研究閲覧システム』を、構想調書の初年度計画に基づき、ついに製作完成することができました。龍谷大学人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターは、仏教死生観に関連する仏像彫刻・書物・絵巻等の貴重な研究史料を高密度撮影でデジタル化し、32インチの大型マルチタッチモニターによる、指先の操作だけで史料の細部まで美しい画像が閲覧できるシステムを、凸版印刷株式会社の協力により独自に開発しました。この研究閲覧システムにより、普段、書物の開いた頁や断片しか見ることができない巻物を、現物を傷めることなく、自由に見て、読むことができるようになります。また、史料のデジタル化により、研究での新たな発見も期待されます。この製作は昨年夏から始まりました。歴史的研究や解説執筆と英訳は、井上善幸副センター長、若手研究者である博士研究員の岡崎秀麿、研究助手の釋氏真澄、本多真、北岑大至、胡暁麗の研究協力によるものです。夏休みの間も、秋冬の休日も、撮影立会いや展示物研究に没頭して努力してくれたことを思い起こします。若手研究者らの真摯な取り組みも心強く感じています。
 特筆すべきは、尊いご縁を賜り、ブータン王国のケサン・チョデン・ワンチュク王女殿下による学術記念講演を2011年2月に開催できたことです。ケサン王女殿下の父にあたる第4代ジグメ・シンゲ・ワンチュク陛下は、「国民総生産(GDP)よりも国民総幸福(GNH)がより重要である」と宣言されました。人間の幸福は、相互に関係しあう縁起の真理に学び、また、中道の精神に基づいて、経済的成長と精神的幸福とのバランスを保つことにあるとされています。GNHの4つの柱とは、①持続可能にして公平な社会経済的成長、②環境の保全、③文化の保護と推進、④よきガバナンス(統治)であり、GNHの9つの領域、すなわち、生活水準、健康、教育、生態学的多様性と活力、文化の活力、時間活用とバランス、よき統治、地域社会の活力、精神的幸福が、ホーリスティックな調和をとっていくところに幸福があるとされています。ブータン王国の国民総幸福の理想と政策は、この「死生観と超越」研究にとって大きな示唆を与えてくれます。本書にはその成果概要を掲載しています。寒中、奔走して準備していただいた研究部、京都府関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
 また、うれしかったことは、この研究プロジェクトの展示や公開講座に参加した学生たちに気づきや心の成長が見られたことです。ほんの一例をあげると、「ヒロシマの原爆に学ぶ」展の開幕セレモニーの時のことでした。広島平和記念資料館前田耕一郎館長が、初めて来学なさった折に、文学部真宗学科1年生の学生2名が、予め120名もの学生たちに呼びかけて色紙に寄書きした平和へのメッセージを、前田館長に手渡しました。そしてその学生は小さな声でこう話しました。「原爆の悲しみはまだ終わっていないことを知った。ヒロシマの被爆者の方々は困難の中で最後まで支えあい生きたかった。私たちはそれを忘れないで伝えていきたい」と。前田館長も、「当資料館だけでは伝えていくことに限界がある。こうして若い学生たちに被爆者の死生観と願いが受け継がれていくことがうれしい」と応えてくれました。被爆体験講話や原爆詩朗読会の時も新たな感動がありました。学生たちが広島の人たちの心を動かしたのです。詳細はこの報告書をご覧下さい。
 最後に、若手研究者である博士研究員の岡崎が、平成23年度より教学伝道研究センター専任研究助手として就任することができたのは喜ばしいことでした。当センターの展示、ホームページ開設、各種研究会、公開講座設営等すべてに一心によく尽くしてくれた彼がいなくなるのは正直寂しいことです。どうか当センターの中で学び取ったことをこれからも生かし、当センターと新しく所属する学外のセンターとの架け橋になっていただけたらと思います。
 本年度の研究成果の一端を、この年次報告書にまとめ、ここにお届けします。
 一つひとつの成果が、多くの研究者の間で共有され、皆様それぞれに何かを感じ取っていただき、これからも真の研究が生みだされていきますことを、心から念じています。皆様本当にありがとうございます。
                                                 2011年3月1日


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